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インタビュー

2026/5/13

【素材産業の勝ち筋|第1回/全3回】 100点の部品で80点の車を作る会社と、その逆

インタビュー

「100点の部品で80点の車を作るメーカーと、80点の部品で100点の車を作るメーカー」

日本の化学・素材企業は優れた技術を持ちながら、なぜ事業収益に結びつけられないのか。もちろん、技術力を事業成果につなげている企業も少なくない。だが多くの企業に共通して見られる構造的な課題がある。大手化学メーカーで長年研究開発や事業を担った荒木氏に話をお伺いした。第1回は、「技術が強い」という前提そのものを問い直すところから始まる。


<話し手プロフィール> 
荒木 良剛(あらき よしたか) 1982年東北大学大学院 化学研究科修了後、三菱化成工業株式会社(現・三菱ケミカル株式会社)に入社。石油化学領域で触媒開発や新規プロセス研究に従事した後、情報電子領域に移りリチウムイオン電池材料の開発・事業化やディスプレイ材料事業を推進。研究所長、事業部長を歴任し、執行役員・電池本部長を経て、常務執行役員・新エネルギー部門長として電池材料、蛍光体材料、有機太陽電池など幅広い事業を統括する。2022年に同社を退職後、商社の技術顧問などで素材・化学産業における経験、知見を活かした助言活動を行っている。


■「技術が強い」とは何を意味するのか

インタビュアー:今回のテーマは「なぜ日本の化学・素材は技術があるのに勝てないのか」です。技術があるのに事業に繋がらない、収益が上がらない。まず日本の化学・素材の技術は強いと言われていますが、この点をどう捉えていますか?

荒木:技術を捉える観点が2つあると思うんですね。ある性能がすごく高いという狭い意味での技術と、性能バランスに優れているとか、いろいろと組み合わせ易いとか広い意味での技術。個別の技術をお持ちのメーカーはたくさんあります。ただ、お客様に価値を認めていただくためには総合バランスが重要になります。レーダーチャートで、どのようなバランスで、どこが飛び抜けているか。ある要求項目がすごく高いと、どこかがへこむ場合も多くあります。

自動車産業でよく言われる話があるんですが、あるメーカーは100点の部品を使って80点の車を作る。別のメーカーは80点の部品を使って100点の車を作る。技術をお客様のニーズにどう合わせていくか——化学、素材産業に置き換えれば、自社である性能が非常に高い技術が開発されても、それがお客様の中でどういうバランスで価値を生むのかが十分把握されているかというと、自分の経験も踏まえて足りていない部分があったんじゃないかと。

■ピーキーな素材はなぜ現場で使えないのか

荒木:具体的に言うと、ある電子材料を開発した時に、ある要求条件での自社評価ではすごくいい材料だったんですが、ピーキーだったんですね。お客様の製造ライン条件には若干振れがあったのです。そこにピーキーな素材を入れると、お客様のアウトプットに影響が出てしまいました。ある性能が競合他社に比べ非常に高くても、製造や品質管理面なども含め総合的にお客様の製品中でバランスが取れ安定している方がいいという話はよくあるパターンです。

他社品よりも圧倒的に高い性能だと思っていたものが、実際の製造ラインに適用すると思うような安定した性能が出なくなる。お客様が「この性能が高いのが欲しい」と言う。でも実際のラインがどうなっているかという情報の深度が足りていない。お客様の製造ラインがどこのメーカーのもので、どんな柔軟性があるか、あるいはどの程度無いのかという情報がないと、こういうことが起こりがちです。これは経験した苦いパターンなんですよね。

インタビュアー:そうすると、顧客の情報をもっと把握することが重要になるということですね。

荒木:そうなんです。例えば電池材料で考えると、自社の直接顧客は電池メーカーです。でもその電池がどのメーカーの何に使われるのか。自動車向けなのか、ハンディ機器向けなのか。その最終用途で求められる性能要件は当然違います。その上で、性能に向けた電池設計の思想はメーカーにより異なります。自動車に使われる電池なら、どんな充放電のプロファイルで、どんな環境耐性をどのようにするのかに各社の設計思想の差が反映されます。そういった情報を種々のルートから可能な限り客観的に集めることが大切なんです。

■マーケティングの不足——なぜ組織構造として弱くなるのか

インタビュアー:特に化学・素材関係の企業はマーケティングがどうしても弱くなるという話ですが、これは個々の能力の問題ですか?それとも構造的な課題ですか?

荒木:構造的な課題もあると思います。素材メーカーは技術志向がすごく強い。それ自体は強みですが、自社技術への確信が強いがゆえに、お客様サイド、あるいはお客様のお客様といった階層の理解が後回しになりがちなんですね。顧客理解の深度が、事業化の成功確率を大きく左右する重要要素の一つです。

十分ではないものの情報収集の仕組み自体はあるんですよ。例えば、ゲート会議で営業、技術、事業責任者も出てそれぞれから情報が提供されます。でもそれらを整合性も含め深堀り解析が不十分で形式的になっていないか。また、直接のカスタマーだけではなくて、顧客の顧客にもアクセスして、各ルートから多面的に情報を集めて整理し戦略的に対応していくということが求められます。例えば電池材料でEV向けで言えば、顧客の顧客にあたる自動車メーカーにもアクセスする。そのルートで情報を得るプロセスをどう切り拓くかが大切になってきます。まさに、情報戦の質と量がキーになっていると考えています。

■最大の壁は「できているつもり」

荒木:一番厄介なのは「できているつもり」「やっているつもり」という認識のギャップです。大手になればなるほど、できていて当然という圧力がかかります。だから外部からアクセスした時にも「やっています」と言う。でも実際に整理してみると、十分な水準に達していないケースが多い。当たり前のことを当たり前に継続して実施するというのは、そう簡単ではないと思っています。

インタビュアー:構造的にマーケティングの視点が抜け落ちやすい中で、自社だけでその壁を越えるのは難しいということですね。

荒木:情報戦はとても重要です。だからこそ、外部のネットワークをどう戦略的に活用するかが重要になってくる。自分たちのネットワークだけでは限界があります。まず不足している部分が明確に認知できているのか。異なるネットワークを持っている外部とどのように連携するか。足りないところに対してどう外部力を活用できるか——そこが今後の日本の素材メーカーではより重要になってくると思っています。

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