IBLC Insights
技術の潮流を読む
技術の潮流を読む

日本の社会インフラは現在、深刻な老朽化の危機に直面しています。高度経済成長期に集中的に建設された道路や橋、河川施設が一斉に寿命を迎えつつあり、その維持・更新には莫大な費用と高度な技術が求められています。本記事では、国土交通省の最新データをもとにインフラ老朽化の現状を紐解き、老朽化対策の最前線でなぜ「軽量盛土材」のような特殊な土木資材が重宝されているのか、その技術的な背景を解説します。
国土交通省の調査(2023年時点)によると、建設後50年以上が経過する社会資本の比率は、道路橋で約39%、トンネルで約27%、河川管理施設で約42%、港湾岸壁で約32%に達しています。さらに今後20年間で、この割合は加速度的に高くなる見込みです。
これに伴い、既存インフラの維持管理および更新にかかる費用は急増しています。国土交通省の将来推計によると、インフラの維持管理・更新費は、2018年度の約5.2兆円から、2048年度には約5.9兆円〜6.5兆円へと増加します。今後30年間の累計額は、予防保全(不具合が生じる前に対策を講じる手法)に転換したとしても、約177兆円〜195兆円に達すると試算されています。
もはや「新しいものを作る」時代から、「今あるものを長く安全に使い続ける」時代へと移行しています。頻発する都市型豪雨や南海トラフ巨大地震などに備えるため、河川護岸の嵩上げや港湾の耐震化といった「防災・減災」工事が土木市場を牽引しています。
インフラの補強や更新工事において、現場の技術者を最も悩ませる問題の一つが「重さ(荷重)」です。
例えば、都市部の河川護岸や東京湾岸などの港湾エリアは、地下約40mにも及ぶ厚い軟弱地盤が広がっています。このような軟弱地盤の上に水害対策として単純に土砂を盛って堤防を嵩上げすると、土砂の重みに地盤が耐えきれず、大規模な地盤沈下や護岸の滑り・崩壊を引き起こす危険性があります。また、老朽化した橋台の裏込め(背面盛土)を通常の土砂で行うと、地震時に土砂の重みによる強大な土圧が橋台にかかり、橋梁全体が損壊するリスクがあります。
そこで不可欠となるのが、通常の土砂よりも圧倒的に軽い「軽量盛土材」です。土の代わりに軽量な材料を充填することで、構造物や地盤にかかる荷重・土圧を劇的に低減し、沈下や崩壊を防ぐのです。
しかし、土木工事において「ただ軽ければ良い」というわけではありません。現場の環境(水分の有無、施工スペースなど)に応じて、最適な材料を選択する必要があります。
1. EPS(発泡スチロール土木工法) 単位体積重量が約0.12〜0.35kN/m³と、一般的な土砂の約1/100という圧倒的な「軽さ」が最大の特徴です。大型重機が不要で人力で施工できるため、山岳地の急傾斜地などで多用されます。しかし、軽すぎるがゆえに「水に浮く」という弱点があり、地下水位が高い場所や水際では原則として使用できません。
2. FCB(気泡混合軽量土/エアミルク) セメントミルクに気泡を混ぜた流動性のある盛土材で、単位体積重量は約5〜14kN/m³です。硬化するため不同沈下が発生しにくく、現場発生土を再利用できる場合があるのがメリットです。しかし、現場に専用のプラント設備を設置する必要があるため、ヤード(作業スペース)が確保できない都市部の狭小地や小規模工事には不向きであり、コストが割高になります。
3. 人工軽量骨材(カルグリなど) 膨張性頁岩などを約1,100度で焼成した粒状の軽量骨材です。単位体積重量は約12kN/m³(比重 約1.2)です。EPSには軽さで劣りますが、「水よりわずかに重く、水に沈む」という極めて重要な特性を持っています。さらに透水性が高く(1cm/sec程度)、内部摩擦角も40°以上と一般的な砂(約30°)よりも大きいため、土圧低減効果に優れています。プラントも不要で、通常の土砂と同じように重機で転圧できるため、施工性に優れています。
これらの特性から、人工軽量骨材が最も真価を発揮するのが、EPSが使えずFCBのプラント設置が難しい「水際での護岸工事」や「地下水の影響を受ける構造物の埋め戻し」です。
実際に、東京都が発注する隅田川や旧江戸川の防潮堤耐震補強工事において、軟弱地盤上の護岸の裏込め材としてカルグリが多数採用されています。水中に直接投入して充填できるため、港湾のケーソン護岸の裏込めにも最適です。
河川や港湾の護岸整備は、国や地方自治体による中長期的な防災計画に基づき継続的に巨額の予算が投じられています。国交省と東京都の予算から推計しただけでも、河川・港湾の護岸整備に関連する軽量盛土材の潜在市場規模は年間60億円以上に上ります。インフラの老朽化対策が進む中、「軽さ」「耐水性」「施工性」を兼ね備えた高機能な土木資材の需要は、今後さらに高まっていくでしょう。
本コラムは、これまでIBLCが蓄積してきた技術・市場に関する情報をもとに、IBLC専門家チームが独自の視点で整理・考察したものです。
▼【土木・建築資材の新規用途開拓・市場調査】
「自社の特殊素材を土木・インフラ分野へ展開したい」「既存製品の新しい適用箇所(ニッチトップ市場)を見つけたい」とお考えの企業様へ。専門的な市場分析と競合技術のベンチマークにより、最適な用途とターゲット顧客の策定を支援いたします。
お問い合わせはこちら
インフラ・土木資材分野の市場調査・事業展開について相談する
IBLC Insights 記事一覧はこちら
関連する記事
バイオ炭の炭化炉比較|バッチ式・連続式・マイクロ波で製造コストは3万円/tへ #41
バイオ炭の製造コストは炭化炉の方式次第で大きく変わる。国のグリーンイノベーション基金は1トンあた...
技術の潮流を読む
CO₂固定化炭酸カルシウムとは?|2035年2.9兆円のCO₂活用市場と建材化の最前線 #40
排出したCO₂を炭酸カルシウムとして閉じ込め、コンクリートや樹脂の原料に戻す——CO₂固定化炭酸...
技術の潮流を読む
ヘリウム液化装置とは?|市場規模3.7億ドルとゼロヘリウムMRIが変える需要構造 #39
ヘリウム液化装置の世界市場は2035年に3.7億ドル規模へ拡大する見通しだ。ただし伸びる場所は医...
技術の潮流を読む
© 2025 IBLC
© 2025 IBLC