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セルロースナノファイバー(CNF)は、木材パルプを幅数nm〜100nmまでほぐした植物由来の新素材で、鋼鉄の5分の1の軽さで5倍以上の強度をもつとされる。一方、国内の生産設備の稼働率は約1割にとどまる。本記事では、素材・化学メーカーの研究開発担当者に向けて、製法ごとの違いとコストの壁を整理する。
目次
木や草の細胞壁は、セルロース分子が束になった極細の繊維(ミクロフィブリル)でできている。この繊維は分子どうしが水素結合で強く結びついた結晶構造をもち、軽さの割に非常に強い。CNFとは、パルプを処理してこの繊維を1本ずつ近い状態までほぐした素材の総称だ。国際規格(ISO/TS 20477)では、幅3〜100nm、長さが幅の10倍以上のセルロース繊維と定義されている。
環境省は「鋼鉄の5分の1の軽さで5倍以上の強度」と紹介している。密度は鉄の5分の1程度で、繊維1本の強度は推定3GPa前後と鉄鋼を大きく上回る。加えて、熱で伸び縮みしにくい、透明な膜をつくれる、水中でとろみを出す、といった性質も併せもつ。
日本はこの分野の先行国だ。東京大学の磯貝明教授らは、化学処理でCNFを効率よく取り出す手法を確立し、2015年に森林・木材科学分野で権威あるマルクス・ヴァレンベリ賞をアジアで初めて受賞した。
製法は大きく、力でほぐす「機械解繊」と、薬品で繊維表面を変えてからほぐす「化学前処理」に分かれる。
機械解繊は、高圧の水流や衝突、すりつぶしでパルプを細かくする方法である。スギノマシンのウォータージェット法、中越パルプ工業の水中対向衝突法(ACC法)、大王製紙の機械処理品などがある。薬品を使わないため組成がシンプルな一方、繊維幅は数十〜数百nmとばらつきやすく、細くするほど大きなエネルギーを要する。
化学前処理は、セルロース表面に電荷をもつ官能基(分子の働きを決める原子の集まり)を付け、繊維どうしを電気的に反発させてほぐれやすくする方法だ。代表例は次のとおり。
TEMPO酸化:触媒でカルボキシ基を導入する。日本製紙や第一工業製薬が製品化
TEMPO酸化:触媒でカルボキシ基を導入する。日本製紙や第一工業製薬が製品化
リン酸エステル化:王子ホールディングスが透明スラリーとして製品化
カルボキシメチル化・カルバメート化:日本製紙、大王製紙が展開
化学前処理では幅3〜4nm程度の均一な繊維が得られ、透明性や増粘性が高くなる。その代わり、薬品のコストが上乗せされる。
同じCNFでも、製法によって性質は大きく変わる。開発テーマを選ぶうえで押さえたいのは次の3点だ。
第一に繊維の細さである。化学前処理で得られる幅3〜4nmの繊維は、可視光の波長よりはるかに細いため、膜にしても光を散らさず透明になる。水に加えると少量で強いとろみが出る。一方、機械解繊による太めの繊維は透明性では劣るが、処理が軽い分だけ安価で、樹脂の補強など量を使う用途に向く。
第二に表面の性質である。電荷をもつ官能基を付けたCNFは水によくなじみ、塗料やインクなど水系の材料に分散させやすい。反対に、油になじむ樹脂と混ぜる用途では、表面を疎水化する別の化学修飾が必要になる。官能基の種類によっては熱に弱くなる場合もあり、加工温度の高い用途ほど選択肢は狭まる。
第三に供給形態である。CNFは通常、固形分が数%の水分散液として出荷されるため、中身の大半は水だ。乾燥させれば運搬や配合が楽になるが、繊維どうしが再び水素結合でくっつき、水に戻してもほぐれにくい。日本製紙がTEMPO酸化CNFの粉体品のサンプル提供を始めるなど、乾燥・粉体化は業界全体の技術課題として取り組まれている。
最大の課題は価格である。国の資料では、高付加価値用途のCNF価格は乾燥重量1kgあたり数万円とされる。汎用プラスチックが1kgあたり数百円であることを考えると、100倍以上の開きがある。
矢野経済研究所によれば、2024年のCNF世界生産量の見込みは132t、出荷金額は62.9億円で、単純計算すると平均単価は1kgあたり約4.8万円になる。同研究所は、国内の生産能力が年1,220tあるのに対し、稼働率は約10%にとどまると分析している。需要が増えないため量産効果が出ず、価格も下がらないという循環にはまっている。
コストを押し上げる要因は、主に4つある。
化学前処理の薬品費と、その回収・処理工程
細くほぐすための解繊エネルギー
水分を大量に含む状態での輸送・乾燥コスト
設備規模の小ささ
低コスト化の論点は、薬品の使用量削減と回収・再利用、そして用途ごとに「必要十分な細さ」を見極めて過剰な処理を避けることにある。樹脂複合用途ではNEDO事業で複合材料1kgあたり700円程度を目標とした開発も進められた。
CNFが国の研究開発テーマとして長く支援されてきた背景には、脱炭素と国内資源の活用という2つの課題がある。
日本は国土の約3分の2を森林が占めるが、木材資源の多くは十分に使われていない。CNFは国産の木材や竹から製造でき、植物が吸収した炭素を素材の中に固定したまま使える。石油由来の樹脂やガラス繊維、合成増粘剤の一部を置き換えられれば、原料段階のCO₂排出削減につながる。
製紙業界にとっては事業転換の意味も大きい。紙の需要が減るなかで、既存のパルプ工場と技術を生かして高付加価値素材をつくる道として、各社がCNFに投資してきた。
CNFは「すごい素材」として期待を集めて10年以上がたつが、市場は想定ほど伸びていない。その背景には、製法と官能基の選び方で性質が大きく変わるにもかかわらず、用途側の要求と結びつけた開発が十分でなかった面がある。
水系の添加剤として少量で効かせるのか、樹脂に大量に混ぜて構造材にするのかで、最適な製法もコストの許容範囲もまったく異なる。透明性が要るのか、量と価格が要るのか。求める機能を先に定め、そこから製法を選ぶ。この順番を守れるかどうかが、10年来の「期待先行」から抜け出せるかを分けるだろう。
本コラムは、これまでIBLCが蓄積してきた技術・市場に関する情報をもとに、IBLC専門家チームが独自の視点で整理・考察したものです。
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