IBLC Insights

インタビュー

2026/4/15

試験販売から本格展開の壁と、現場を動かした泥臭さ。富士フイルム出身・江副氏が語る新規事業のリアル

インタビュー


<話し手プロフィール>

江副 利秀(えぞえ としひで)
元富士フイルム株式会社 研究所統括マネージャー / 元富士フイルムエレクトロニクスマテリアルズ株式会社 ESG推進部部長

1965年生まれ 。1990年大阪大学大学院修了後、富士写真フイルム(現・富士フイルム)入社 。R&D部門にて写真フイルム、バイオセンサー、半導体材料の研究開発に従事し、新規材料の開発マーケティングや商品開発を牽引 。研究所の統括マネージャーとして、技術戦略の立案から組織マネジメント、人材開発まで幅広く担う 。2024年より富士フイルムエレクトロニクスマテリアルズにてESG推進部部長を務め、グローバルな環境課題やコンプライアンス体制の構築を推進 。2025年の定年退職後は、長年の技術知見とマネジメント経験を活かし、技術コンサルティング領域で活動している 。


大澤(IBLC):本日はこれまでのご経験や、そこから得られた教訓についてお伺いします。まずは、富士フイルムでのご経歴と、新規事業に関わることになった経緯をお話しいただけますか。

江副氏:1990年に新卒で富士写真フイルム(現・富士フイルム)に入社しました。学生時代に東急ハンズで発売間もない「写ルンです」を目にし、「これで写真が撮れるのか。なんてすごい会社なんだ。」と感銘を受けたことが入社の契機です。最初の10年間は産業用写真フイルムの商品開発に従事していましたが、2000年代初頭に急速にデジタル化が進展し、フイルム市場が縮小していく中、全社を挙げて新規事業を模索する転換期を迎えました。

20年ほど昔の話になりますが、その頃に私が取り組んだのが、大型のバイオ分析装置の新規開発でした。自社の精密技術を応用できるのではないかと立ち上がったプロジェクトで、私は研究開発のみならず、国内外でのマーケティング、販路開拓にも深く関与しました。

海外大手企業への初号機導入。他社の前工程まで踏み込んだ泥臭さ

大澤(IBLC):その新規事業において、海外の大手顧客に初号機を導入されたそうですね。

江副氏:はい。国内の大手顧客と共同開発したプロトタイプ機を、試験販売として、海外市場へ売り込みに行きました。当時、我々には確立された販売チャネルがなかったため、海外の展示会に装置を持ち込んで地道にコンタクトを取り、現地のコンサルタントの協力も仰ぎながら泥臭くアプローチを重ねました。業界内での実績がない我々に対し、先方も当初は半信半疑でしたが、最終的に初号機を導入していただくことができました。

大澤(IBLC):実績がない中で、何が導入の決め手となったのでしょうか。

江副氏:プロトタイプ機をお客様の施設に持ち込んで数日間にわたるランニングテストを行った際、データが全く安定せず、実用に耐えうる結果が得られませんでした。しかし、取得したデータを詳細に分析したところ、分析開始直後のデータのバラつきが最も大きく、時間の経過とともに安定化していく傾向が見られました。原因を徹底的に分析した結果、我々の装置自体には問題はなく、前工程である「顧客側のサンプルの調合プロセスにおける混合不足」が原因であることが判明しました。

「自社の装置が悪いのではない」と切り捨てるのではなく、他社の装置が使われている前段のサンプル調合プロセスについて、お客様と一緒にマニュアルを見ながら最適条件を決定し、その問題を解決したのです。お客様の真の課題は「トータルプロセスの最適化」にあります。そこまで踏み込んで支援した姿勢を高く評価していただき、「あなたたちがサポートしてくれるから導入を決めた。」というお言葉を頂戴しました。ビジネスの根底にあるのは「人と人との信頼関係」なのだと深く学んだ出来事です。 

大澤(IBLC):素晴らしい成功体験ですね。しかし、その事業は試験販売から本格販売への移行には至らなかったとお聞きしました。

江副氏:はい。海外の企業や大学に複数台を導入し、一定の実績を築くことはできたのですが、いざ試験販売から本格的な市場展開へ移行しようとした際、当時のプロトタイプ機の延長線上では、市場全体が求める柔軟性やニーズの広がりに応えきれないという現実に直面しました。プロトタイプ機がマッチする市場のストライクゾーンが極めて狭かったのです。事業としてのさらなる拡大を描くことが困難になり、結果として本格販売は見送ることとなりました。真剣に向き合っていただいたお客様に対し、事業として継続的なソリューションを提供し続けられないと判断した際の心苦しさは、今でも忘れられません。

大澤(IBLC):技術的な完成度とは別の次元で、ビジネス化の難しさがあったのですね。

江副氏:後から考えると、小型でシンプルなプロトタイプ機を用いて、早期に市場のリアルな反応を見て、方向性を探る進め方もあったとは思います。しかし、その時は共同開発先のニーズに合わせた大型のプロトタイプ機を作り込みにいったため、私自身、「せっかくここまで苦労して作り上げてきたのだから、この方向性で何としても成功させたい」という思いが勝り、方針転換の決断がなかなかできませんでした。

 

次世代へ伝えたい「情熱と客観視の両立」

大澤(IBLC):当事者としての強い思いと、事業の方向性を見極める客観的な視点のバランスは、非常に難しそうですね。

江副氏:当事者としての情熱が、時に客観視を妨げてしまうということです。私自身、技術開発の責任者として「この技術を世の中に届けたい」という情熱と、マーケティング責任者として「市場のシビアな現実にどう対応するか」という二つの視点を持っていました。しかし、自ら生み出した技術に対する愛着が勝り、いざ本格展開の壁に直面した際、事業の方向性を冷静に判断することが非常に難しかったと反省しています。

大澤(IBLC):ご自身の葛藤からの深い学びですね。最後に次世代の技術者へのメッセージをお願いします。

江副氏:新規事業には情熱が不可欠ですが、同時に事業を俯瞰する客観性が命綱になります。開発への思い入れが強すぎる時は、あえて厳しい意見を言ってくれる外部の視点を取り入れてください。自分たちのストーリーを一度解体し、顧客起点でリビルドする勇気を持つことが、変化の激しい市場で戦うための最大の武器になるはずです。

技術者は「新たなものを生み出したい」という思いが強いからこそ、耳の痛い意見も柔軟に受け入れる姿勢が求められます。市場の変化は非常に速いため、仮説が機能しないと判断した際には、迅速に軌道修正を図る決断力が何よりも重要です。

最後になりますが、私自身がこうした深い学びを得られたのも、新規事業という未知の領域に思い切って挑戦させてくれた環境があったからです。失敗を許容し、最後まで真剣に打席に立たせてくれた会社には、本当に感謝の気持ちで一杯です。

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