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CO₂由来化学品は、触媒性能より先に量論式で採算の下限が決まる。グリーン水素は現状3.74〜11.70ドル/kg(BloombergNEF)、CO₂は調達先で数十倍変わる。本記事では素材・エネルギー分野の事業企画に向けて、材料費を積み上げ、どの条件で化石由来に並ぶのかを試算する。
目次
CO₂と水素から基礎化学品を作るプロセスは、原料費の比率が異常に高い。合成燃料(e-fuel)では生成コストの約9割を水素の調達費が占めるという分析がある(自動車技術会「Engine Review」)。CO₂由来のプロピレンやパラキシレンも同じ構造だ。
重要なのは、触媒改良の効き先が限定される点だ。転化率や選択率の向上は未反応ガスのリサイクル量を減らして圧縮機の容量と電力を削り、副生物を減らして分離精製系を小さくする。CapexとOpexには効く。
しかし材料費には効かない。製品1kgに必要なCO₂と水素の量は量論式が決めており、触媒性能では1グラムも動かないからだ。
プロピレンは 3CO₂ + 9H₂ → C₃H₆ + 6H₂O で、製品1kgあたりCO₂3.14kg・水素0.43kg。パラキシレンは 8CO₂ + 21H₂ → C₈H₁₀ + 16H₂O で、CO₂3.32kg・水素0.40kgとなる。この原単位に単価を掛けた値が、原価の絶対的な下限になる。
BloombergNEFは2024年12月の更新で、グリーン水素コストを現状3.74〜11.70ドル/kg、2050年でも1.60〜5.09ドル/kgとした。注目すべきは前回予測から30〜65%「引き上げ」られている点だ。電解装置コストの上昇とインフレが理由である。
Hydrogen Council/McKinseyも2025年3月のレポートで同様の上方修正を示し、2030年の再エネ水素を3〜11ドル/kgと置く。IEAの整理では電解槽の設置コストにも地域差があり、中国が600〜1,200ドル/kW、中国以外は2,000〜2,600ドル/kWとされる。
学習曲線に沿って自然に下がるという前提は、この3年で一度崩れた。日本の水素基本戦略は2030年に30円/N㎥(約334円/kg)を掲げるが、国際予測レンジの下端に近い水準だ。
CO₂は調達先で価格が一桁以上変わる。
大気からの直接回収(DAC)が最も高い。大気中濃度は約0.04%で、希薄なガスを濃縮する熱力学的な代償が大きい。Climeworksの実勢は約1,000ドル/トンとされ、同社は2030年までに250〜350ドル/トンへ下げる目標を掲げる。
対して点源回収は桁違いに安い。IEAの整理では、エタノール製造や天然ガス処理のような高濃度ストリームで15〜25ドル/トン、セメントや発電のような希薄ストリームでも40〜120ドル/トンだ。
見落とされやすい論点がある。CO₂は排出者にとって「処理費を払ってでも手放したい負債」であり、利用者には「買う原料」だという二面性だ。EU-ETSは2026年時点で85ユーロ/トン前後、日本のGX-ETSも2026年度から本格稼働する。回収コストがカーボン価格を下回れば、受け渡し条件は逆転しうる。原料費の前提は技術ではなく制度で動く。
数字を入れる。プロピレン1kgの材料費は、水素3.74ドル/kg・点源回収CO₂50ドル/トンなら約1.77ドル、水素11.70ドル/kg・DAC-CO₂1,000ドル/トンなら約8.17ドル。トン換算で1,770〜8,170ドルだ。
市況のプロピレン価格は2026年時点で1,000〜1,700ドル/トン台(ChemAnalyst)。現状の原料価格では、最も有利な前提でも材料費だけで市況を上回る。そこに設備償却と用役費が乗る。
将来シナリオはどうか。水素1.60ドル/kg・点源回収CO₂50ドル/トンなら材料費は約850ドル/トンで、市況の内側に入る。ところが同じ水素価格でも、CO₂をDACのコスト目標300ドル/トンで調達すると約1,630ドル/トンとなり、再び分が悪くなる。パラキシレンも同様で、点源回収なら約800ドル/トンと市況1,100〜1,400ドル/トンの内側に収まる。
含意は明快だ。水素価格の低下は必要条件にすぎず、CO₂をDACに求めるか点源に求めるかで結論が反転する。立地とCO₂ソースの選定は、触媒性能と同等以上に効く変数である。
試算から抜け落ちやすいのが水だ。量論上、プロピレン1kgあたり2.57kg、パラキシレン1kgあたり2.72kgの水が副生する。10万トン/年のプラントなら年間25万トン超だ。
問題は量だけではない。メタノール合成は水を生成する平衡反応で、系内に水が溜まると平衡が原料側へ押し戻される。水は多くのメタノール合成触媒の失活要因でもある。副生水は「後で処理するもの」ではなく、反応器の性能と触媒寿命を直接削る変数だ。
早期に凝縮除去する設計が要り、その分の廃水処理設備がCapex・Opexに乗る。SOEC共電解のようにCO₂と水蒸気を同時に電気分解する方式なら、酸素を気体で抜けるため副生水が半減する。設備費は増えるが、廃水処理規模の縮小と水素製造の統合が同時に得られる。
採算を左右するレバーは三つ。
第一に水素価格。材料費の過半を占め、2050年見通しでも1.60ドル/kgが下限という現実をどう前提化するか。第二にCO₂ソース。DAC由来か点源回収かで材料費が数倍変わり、カーボン価格との相対関係で調達条件も変わる。第三にプロセス統合。既設の精製・分離設備を使える立地なら、全系列を独自構築するより経済性は有利だ。
触媒の選択率競争は今後も続く。ただし選択率を10ポイント改善しても、水素価格が2ドル動けば試算はひっくり返る。技術評価と価格前提の感度分析は、同じテーブルに載せて初めて意味を持つ。CO₂由来化学品が事業になる時期を決めるのは、次の触媒論文ではなく、次に更新される水素とCO₂の値札のほうだ。
本コラムは、これまでIBLCが蓄積してきた技術・市場に関する情報をもとに、IBLC専門家チームが独自の視点で整理・考察したものです。
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