有望技術紹介

98 DNAのナノスプリングによる高感度計測

情報通信研究機構(NICT):
DNAを材料としたナノスプリングを開発し、細胞に働く力の超高感度計測に成功した。

【本技術の概要】

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の岩城光宏主任研究員らの研究グループは、国立研究開発法人理化学研究所と共同で、DNAを材料に世界最小のコイル状バネ(ナノスプリング)を設計し、細胞への“微小な力”の超高感度計測に成功した。今回開発したのは、細胞へのノイズレベルの“微小な力”の大きさと向きを、サブピコニュートン(10―12ニュートン)精度で検出する計測技術で、これにより、生物の力学情報処理メカニズムを解明することが可能となった。まだ詳しくわかっていない「脳や細胞における超省エネの機械的な力の情報処理メカニズム」を解明することができれば、今後、超省エネで電力消費の少ない全く新しい原理の情報処理システムを実現する新たな指針を得ることが期待される。
なお、本成果は、2023年7月3日(月)10:00(日本時間)に、米国科学雑誌「ACS Nano」に掲載された。


【本技術の詳細】

【背景】
生物は、化学分子や電気のような神経伝達物質で互いに情報のやり取りを行い、現状のコンピューターよりも少ないエネルギーで複雑な情報処理を行っていることが知られている。近年、機械的な力を信号として情報のやり取りを行っていることがわかってきた。この“微小な力”を高感度に検出し、超省エネな力学情報処理をしていると考えられているが、そのメカニズムはわかっていない。その理由は、細胞が検知している“微小な力”を高感度で計測する技術が開発されていないと考えられ、既存の計測技術では、微小な力の時間的な変動を正確にとらえることができないこと、力の測定レンジが狭く、力の大きさと同時に向きの情報を高い時間分解能で得ることができないこと、などの問題があった。

【今回の成果】
本研究では、DNAを材料にしてタンパク質サイズの世界最小のコイル状バネ(ナノスプリング)を設計し(図1参照)、細胞とガラス基板の間に連結させて(図2参照)、細胞への“微小な力学情報(大きさと向き)”をサブピコニュートン(10―12ニュートン)精度で精密計測することに世界で初めて成功した。
直径35ナノメートル(ナノは10億分の1㍍)、長さ200~700ナノメートルのナノスプリングを設計し、その一端を細胞膜表面に存在するインテグリン(注1)に連結し、もう一端を細胞外部のガラス基板に連結した。両者の間で力学的な情報のやり取りが起こると、ナノスプリングが伸展もしくは短縮するのが観察され、伸展の向きの変化も同時に観察することができた。さらに、これらの変化をナノメートル精度で精密に画像解析する手法を新たに開発したことで、力の大きさと向きの時間的な変動を同時に計測することができた(図2参照)。ナノメートル解像度での計測が実現したことで、ノイズレベルの“微小な力”(~1ピコニュートン)も含めた動的な変動を容易に検出することが可能になった。

【ナノスプリングを用いた細胞の機械的な力の計測例】
生物の機械的な情報処理のメカニズムを解明するためには、細胞の微少な機械的は力を測定することが不可欠である。本研究では、ナノスプリングを用いた計測例を開発した(図2参照)。ナノスプリングの両末端を1本鎖DNAとし、これらと相補的な配列を持つ1本鎖DNAを介して、インテグリン結合分子(RGDペプチド, cRGDfK)およびガラス基盤への接着分子(ビオチン)をナノスプリングにつなげた。これにより、インテグリンとガラス基板の間をナノスプリングで連結し、蛍光観察によって伸展長を精密計測することで、ピコニュートンの“微小な力”の変動が世界で初めて検出できた。(図の白矢印のバネが伸展している)

【今後の展望】

細胞内部では、様々な接着斑形成分子やアクトミオシンなどが動的に揺らいで自己集合と離散を繰り返しながら、インテグリンを介した“微小な力学信号”を検出・情報処理し、細胞運動や遺伝子発現の調整などを行っていることがわかってきている。このように、システムが内包する“ゆらぎ(ノイズ)”を利用しながら情報処理する仕組みは、既存のコンピューターとは全く異なる原理であり、生物の超省エネな情報処理を実現するための重要な特徴であると考えられる。

引用元:NICTプレスリリース

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