専門家コラム

【060】 鉄道車両技術と将来展望

菊池 高弘

 世の中で鉄道マニアといわれる人たちは、いわゆる“鉄っちゃん”と呼ばれ、最近では“鉄子”と呼ばれる女性もよく耳にするようになった。また、鉄道マニアの人にも色々な人がいて、私の周りにもジャンル別に“乗り鉄”、“撮り鉄”、“鉄道模型マニア”、“音鉄”、“時刻表マニア”、“切符収集マニア”など、自分なりに鉄道というものに対して色々な楽しみ方を持っている。
 今回は、今までにあまり鉄道に関心のなかった人も面白く読んで頂けるよう、その鉄道の歴史と私が長年携わってきた鉄道車両の技術の変遷、将来展望について簡単に記述してみたいと思う。

1. 鉄道の歴史
 車輪またはソリが発明されて、重量のある物体の輸送が行われるようになると、地面が柔らかい場所では次第に深い「轍(わだち)」が刻み込まれて、それに沿って輸送されるようになった。轍は、雨が降って泥沼化した場合に輸送の障害となり、また轍と異なる方向へ向きを変える時にも大きな障害となるため、これに対処するために地面側での工夫を必要とした。路面全体に石を敷き詰めて舗装した場合は道路へと発展するが、車輪の間隔が一定のものに統一されている場合には、車輪の下に当たる部分にだけ板や石を敷き詰めるという対処も行われた。これが軌条(レール)の原始的なものである。
 16世紀半ばになると最古の鉄道ともいえる鉱山内において馬の引く輸送車両の使用が始まった。19世紀始めにはイギリスで産業革命がおこり、蒸気機関車が登場し、大量物資の輸送、輸送時間の短縮が始まり、同時に鉄道旅行が始まった。 1830年にはイギリスのリバプール・アンド・マンチェスター鉄道が初めて時刻表を用いた定期運航(交通革命)を始め、 1830年以降は鉄道網が拡充(鉄道狂時代)され旅行文化が根付いていった。

蒸気機関車サマランカ号(1812年)        リバプール・アンド・マンチェスター鉄道の開通式(1830年)

日本の鉄道の歴史を見てみると、 1865年(慶応元年)が 日本での鉄道との出会いと言われている。それは長崎でトーマス・グラバーが鉄道を紹介するためにレールを敷設して行った実験線と聞く。(日本で初めて走った鉄道は、艦船に積んで運ばれてきた模型)  日本での鉄道の開業は1872年(明治5年) で、伊藤博文、大隈重信の主張により新橋、横浜(現、桜木町駅)間であった。当時の営業成績は乗客一日平均約4400人で、年間旅客収入は当時のお金で12万円ほどになり鉄道は儲かる事業であった。

2. 鉄道車両技術の発展
 蒸気機関車にとって代わり、電気鉄道が始まったのは1879年にベルリンの博覧会会場でベンチを背中合わせにして車輪をつけた6人乗りの客車3両を直流電気機関車でけん引して走行したものと言われている。その後1881年にドイツ・ベルリンの郊外でシーメンス・ハルスケ社の鉄道輸送が始まった。 わが国ではベルリン博覧会の11年後1890年に上野公園で催された博覧会で路面電車方式の電車が走ったことが最初で、1895年に京都市で営業運転を開始した。以来100年ほど直流電動機を用いたシステムが主流を占めていた。しかしながら「直流電動機」は回転しながら磁極を切り替えて回転力を得る方式の為、整流子やブラシ、軸受けなど機械部品の保守を頻繁にしなければならない上に信頼性もあまり高いものではなかった。
 鉄道輸送には第一に「安全」「安心」「安定輸送」が求められるが、これ以外に電気鉄道は「省エネルギー化」「省メンテナンス化」を大前提に発展してきた。特に省エネルギー化にはパワー半導体の発展が大きく寄与し、パワー半導体の発展が電気鉄道車両を大きく発展させてきたものといっても過言ではない。電動機を電車に利用する場合には当然のことながら回転制御が必要となるが、パワー半導体のなかったころは直流電動機を「カム式制御」と呼ばれる抵抗器と機械的な「カム」を用いたスイッチ群の操作により速度制御を行っていた。
 実際の車両の制御では、日本では電源(架線)として直流と交流がある。在来線や地下鉄ではDC1500V/DC750Vの直流電源であり、新幹線や地方のローカル線ではAC20kV/AC25kVの交流電源を使用している。前述したように初期のころは抵抗器により速度制御をするカム式制御であったが、漸く1970年代頃から数千ボルトの電圧に耐えられ、数千アンペアの電流を遮断できるサイリスタが実用されるようになった。このパワー半導体の高圧化、大電力化と共に電気車の制御方式は発展していく。
 1970年代のサイリスタの出現により電動機の制御方式は飛躍的に変化を遂げた。いわゆる「チョッパ制御」の出現である。直流電動機の電気子と直列にチョッパを接続し、架線(電源)の直流電力を可変の直流電源に直接接続することで、抵抗器やスイッチ類を大幅に削減し、メンテナンスの軽減を図った。1970年には阪神電気鉄道(株)でチョッパ制御車両が実用化され、1971年には、当時の帝都高速度営団・千代田線6000系車両で回生機能を待たせたチョッパ制御車が出現し車両として大幅な省エネルギー化が図られた。
 1980年代になるとサイリスタで必要とされた転流回路を不要とするGTO(Gate Turn Off)サイリスタが登場し、このパワー半導体の出現より電気車の制御方式も大きく変わり、誘導電動機を用いたVVVF(Variable Voltage Variable Frequency/可変電圧・可変周波数)制御へと変わっていった。これにより電動機も直流電動機から交流電動機へと変わり整流子が不要となるなど「省エネルギー化」や「省メンテナンス化」が大幅に進んだ。1984年には4500V、2000AのGTOサイリスタを応用した世界で初めての1500V架線用の近鉄1250系電車が登場した。

         営団6000系車両                        近鉄1250系車両

 新幹線でも1989年には東海道旅客鉄道(株)の300系新幹線“のぞみ”で誘導電動機駆動システムが実用化された。 1990年代にはIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)モジュールが登場するが、当時は素子の耐圧が1400V程度だったため、帝都高速度交通営団の東西線試作車両では3レベルインバータ車両として採用された。その後IGBTモジュールも高耐圧、大電流化(3300V、1200A)が進みインバータも2レベル化され、鉄道車両機器は「省エネルギー化」「小型軽量化」が進み幅広くIGBTモジュールが適用されている。
 更に2010年代になると電気自動車等に採用されるより早く、SiC(Silicon Carbide)モジュールが電車に適用されるようになった。2015年にはフルSiCモジュールを適用した小田急電鉄(株)の1000系車両が実用化され、高周波スイッチングによる主電動機の高調波損失の低減、回生ブレーキ適用領域の拡大による回生電力量の増大により従来のGTO素子適用の車両より40%の省エネルギー効果を実現したと報告されている。また、現在では新幹線車両にも適用されるようになっている。素子の高耐圧化も進み、三菱電機(株)で6.5kV耐圧のSiCモジュールも開発され、今後さらに機器の小型化や適応範囲の拡大が図られるものと思われる。


 他方、電気鉄道に使用される主電動機も1980年代には直流電動機から誘導電動機(かご型誘導電動機/IM:Induction Motor)に替わり、その後、誘導電動機も開放型から密閉型が出現し内部の清掃を軽減したり、軸受けを簡単に交換できるように軸受け周りを構造変更したりし、メンテナンス作業の簡素化を図ってきた。近年では東京メトロが永久磁石同期電動機(PMSM:Permanent Magnetic Synchronous Motor)を採用したり、同期リラクタンスモーター(SynRM:Synchronous Reluctance Motor)を採用して電動機自体の高効率化を図り、鉄道車両としての更なる「省エネルギー化」を追求している

3. 今後の鉄道車両システム
 鉄道システムはエネルギー効率が良く、地球環境への負荷が少ないシステムである。前述したように電気鉄道になってからはパワー半導体の進化と共に「省エネルギー化」「省メンテナンス化」が進んできた。しかしながら、非電化区間では電動車両は使用出来ず、依然としてディーゼル機関が使用されていた。適用されるディーゼル機関にはエネルギーの問題やメンテナンスの問題だけでなく、騒音問題や排ガスの問題なども抱えていた。
 これに替わるシステムとして、電力貯蔵デバイスの性能向上により、リチウムイオン電池を応用した蓄電池駆動電車システムが2009年に開発された。これにより、非電化区間は蓄電池により走行し電化区間と直通運転することが可能となった。また、このシステムは停電時に最寄りの駅まで自力走行することが可能となり、特に地下鉄線内の停電の際には有効な退避手段である。 また、東日本旅客鉄道(株)の「TRAIN SUITE 四季島」用のように、電気式に近いシステムを持った独特な車両、電化区間では架線集電により走行し、非電化区間では両先頭車に搭載したディーゼルエンジンにより発電することで走行できる、電気式気動車として運用も出来る鉄道システムも登場してきた。このシステムは、「デュアルモード車両」や「バイモード車両」と呼ばれている。


 また、これまでは車両搭載される個々の機器の高効率化と性能向上が進められてきたが、近年では車両全体のエネルギー消費量を削減するため東日本旅客鉄道(株)で採用されているような“電動車選択運転機能”のように、編成全体として必要なトルクが低下した場合には稼働電動車数を減少させ、主電動機の1台当たりの負担トルクを増加させて効率の高い運転条件で主電動機を稼働させるような制御も出てきている。

電動車選択運転機能の例 
 


 その他にも地上、車上間の情報伝送により、地上の信号システムや機電システムと連携し、自動運転、高密度運行やエネルギー需給の最適化など、より高度な協調制御により車両編成のみならず鉄道システム全体としての省エネルギー化の取り組みも活発に行われるようになってきている。

4. むすび
 近年、環境意識への高まりから鉄道システムは環境負荷の少ない大量・高速輸送機関として注目を集め、地球環境問題や都市問題への対策として多くの国で建設プロジェクトが計画、推進されている。 国内でも、道路交通を補完する人と環境にやさしい公共交通として路面電車が見直され、富山、札幌、福井をはじめとする都市でLRT(Light Rail Transit:低床式車両)が積極的に導入され、トラック輸送におけるドライバー不足から鉄道による貨物輸送も見直されて来ている。
 今後は鉄道システムの活用方法が見直されるだけでなく、更にIoT(Internet of Things)やAI(Artificial Intelligence)を活用し、自動運転や車両の故障の予兆検知、保守作業支援、列車と駅が連携した旅客サービス向上、鉄道全体のエネルギーの最適化を目指し、車両、駅、車両基地・工場、路線全体で鉄道全体でのエネルギーの最適化を目指し技術開発されていくものと考える。

2023年11月5日
著者:菊池 高弘 (きくち たかひろ)
出身企業:三菱電機株式会社
略歴:伊丹製作所長、社会システム事業本部長
専門分野:パワーエレクトロニクス応用技術、品質管理

参考資料:
1) 三菱電機技法 vol.83 2009、vol.92 2018、vol.94 2020
2) 電気車の駆動制御の仕組み 菊池、加我
3) Wikipedia 鉄道の歴史、電気車の速度制御、電気鉄道
4) 三菱電機(株) ホームページ 研究・開発技術
5) 鉄道コム 鉄道車両の仕組み


*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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