PFNとENEOSが共同開発した Matlantis™ は、従来の第一原理計算の約10万倍のスピードで計算可能な汎用原子レベルシミュレータである。Matlantisの活用により、マテリアルズ・インフォマティクスの活用が普及することが期待される。
【本技術の概要】
(株)Preferred Networks(プリファードネットワークス:PFN)とENEOS(株)は、高精度に多様な化学反応や原子構造を再現できる原子レベルシミュレータ”Matlantis”(マトランティス)を共同開発した。
Matlantisは、原子スケールで材料の挙動を再現して大規模な材料探索を行うことができる汎用原子レベルシミュレータで、従来の物理シミュレータに深層学習モデルを組み込むことで、計算スピードを従来の数万倍に高速化するとともに、領域を限定しない様々な物質への適用を可能にした。地球上にある物質の99.99%以上にあたる72元素に対応し、特に、排ガス浄化触媒や水素吸蔵合金などに用いられるレアアース、次世代太陽電池での活用が期待されるハロゲン元素などにも対応可能となった。
また、Matlantisは、材料開発に際し、これまでにない高速性、汎用性を兼ね備えたシミュレータをクラウドサービスとして提供する。
【本技術の詳細】
物理に基づく従来の汎用的な原子シミュレーションでは、シュレーディンガー方程式などの量子力学に基づく「第一原理計算」を用いて、結晶など様々な構造における原子の周りを飛び交う各電子の状態からポテンシャルエネルギー求め、計算対象の電子状態を解く必要がある。そのため、計算に多大な時間がかかっていた。Matlantisでは、独自に開発したNeural Network Potential(NNP)という深層学習技術を使って原子の挙動を再現するために必要なエネルギーや力を直接学習するので、電子状態の計算をする必要がない。その結果、大幅に計算時間を短縮できる。NNPでは、材料を構成する原子の位置情報(x、y、z座標)とポテンシャルエネルギーの関係を、107という膨大な数の組み合わせで学習したニューラル・ネットワークで解析モデルを構築し、任意に作った原子配置のポテンシャルエネルギーが瞬時に求まる。ポテンシャルエネルギーがわかれば分子の運動や材料の物性まで予測できる。これによって汎用性を維持したまま計算コストを大幅に削減し、従来手法よりも現実に近い複雑な系を大量かつ高速に計算することができた。
【本技術の特徴】
Matlantisは、原子スケールで材料の挙動を再現して大規模な材料探索を高速で行うことのできる汎用原子レベルシミュレータとして威力を発揮する。従来の物理シミュレータに深層学習モデルを組み込むことで、計算スピードを従来の数万倍に高速化するとともに、領域を限定しない様々な物質への適用を可能にした。その特徴は、見出された実験結果を計算化学による解釈に加え、有望な材料探索や反応経路探索に応用でき、しかも計算するための環境構築の手間が不要で、容易にブラウザ上で使え得ることから、計算化学の専門家だけではなく、将来、実験化学者なども使えることが期待できる。
① 72元素と、幅広い元素・構造に対応する
② 従来手法に比べ数時間~数ヵ月かかかったシミュレーションの計算時間を数秒で完了できる
③ ブラウザを立ち上げれば、シミュレーションを開始できるので使い易い
【本技術の技術開発・事業展開】
Matlantisの販売を行う株式会社Preferred Computational Chemistry(PFCC)が、2021年7月にクラウドサービスとして提供を開始してから、2022年12月時点で、45の企業・研究団体に導入され、触媒、電池材料、半導体、合金、潤滑油、セラミック材料、化学材料など、幅広い開発に用いられている。マテリアルズ・インフォマティクスのコアツールとなるMatlantisは、様々な材料開発分野において革新的な素材の開発を加速させ、イノベーション創出・実現に貢献して行く。
今後、PFP(Preferred Potential)を活用した具体的な材料探索への取り組みに加え、NNP(Neural Network Potential)以外での計算材料科学と深層学習の融合も研究対象とする。分子動力学よりもスケールの小さい側、大きい側のいずれにも工学的に重要な問題があることから、NNPとは別の、あるいはNNPと組み合わせた機械学習技術の適用について研究を進めて行く。このような活動内容に関連する分子動力学のスケールでの技術開発も進める予定である。