大村 清
クラウド,モバイル、ビッグデータ、IoTは既に利用可能な技術として普及し、機械学習をベースとした AI(人工知能)が身近なものになりつつある。本稿では、このような著しい情報通信技術の進展がIT部門の業務にどのように影響するかを検討する。
1.IT部門の業務
IT部門の業務は一般に次のフェーズに分類できる。(1)
(1)企画フェーズ
① 現行のIT部門業務やシステムを分析して問題点を把握し、IT部門コストの削減、システムの安定稼動、セキュリティ対策などの改善施策を立案する
② 業務部門や利用者からの改善要望を把握し、IT化施策を立案する
③ 経営陣の経営戦略・目的を把握し、これに応えるITサービス要件を具体化してIT化戦略を企画立案する
(2)開発・構築フェーズ
① 企画フェーズで立案された事項をITサービスとして実現する。ITサービスとしては、
・業務部門の業務プロセス改善を目的とした業務サービス、
・電子メールやスケジュール管理など打合せや会議などのビジネス活動を支えるグループウェアサービスに分類され、アプリケーションプログラム開発、ERPパッケージソフト導入、市販ソフトなどにより実現する
② 上記サービスを実現するインフラを構築する。具体的には、
・ネットワークシステム
・コンピュータシステム(サーバ、クライアント)
(3)運用・保守フェーズ
① 開発・構築フェーズで実現したサービスの安定的な提供を目的としてシステム管理、運用管理を実施する
② ネットワーク・サーバの運用監視、障害管理、キャパシティ管理、データ保全、セキュリティ対策、災害対策、サービス利用統計の取得・分析などを実施する
(4)利用者対応フェーズ
① 開発・構築フェーズで実現したサービスを利用者に円滑に提供できるようにする
・ヘルプデスク
・新規サービス導入時にはサービスの背景、ねらい、目的を含むユーザ説明会、
・FAQ整備、社内向けHPでの情報発信
2.IT技術の進展とIT部門の業務へのインパクト
IT部門の業務内容は、ITの進展、変革と共に常に変化して行く。以下に、IT部門の業務に大きなインパクトを与えるテクノロジの変革について記述する。(2)
(1)インターネットとパソコン
IT部門業務のなかで「開発・構築フェーズ」が、ITの進展の影響を最も受ける。高価な汎用計算機で業務システムを構築した時代(〜1980年代)の業務システムは、COBOLを開発言語とし大型汎用計算機で全ての業務処理を行うセンター集中型で、主に官庁や大企業の基幹業務用に開発された。1990年前後からダウンサイジングとオープンシステム化の波が押し寄せ、半導体技術の進歩によりコンピュータが小型化、低価格化すると、業務処理をサーバとクライアントとで分担する分散型の業務システムが多く開発された。2000年代にはコンピュータの性能が向上しオブジェクト指向による設計開発が実システムにも適用可能となり、業務システムをjavaなどのオブジェクト指向言語で開発することが主流になった。また、ERPソフトウエア分野の進展も著しく、業務システムをスクラッチ開発するのではなく適切なERPソフトウエア製品を選択してカスタマイズ開発することも主流になった。
1990年代半ば以降のインターネット技術の進展とパソコンの高性能化、低価格化は利用者のIT環境を大きく変えた。オフィスの机にはイントラネットに接続された一人一台のパソコンが設置され、イントラネットを経由して業務サーバやメールサーバなど社内のあらゆるコンピュータに接続できると共に、インターネットにもアクセスできる環境が一般的になった。これによりITが文房具のように身近な道具になり、業務部門が自らアプリケーションを作成して業務を改善することも多くなった。IT部門はこれらのユーザシステムやパソコンを含めた組織全体のIT資産を対象に、コスト削減やセキュリティ対策などのIT施策を全社最適化の視点で推進するようになった。
また、音声や映像もインターネットで扱うことができるようになり、電話やテレビ会議もパソコンで行うことができるようになった。
(2)クラウド
クラウドは、「インターネットを経由してソフトウエア、ハードウエア、データベース、サーバなどの各種リソースを利用するサービスの総称」(デジタル大辞泉)と説明される。サービスの種類として、SaaS(Software as a Service:アプリケーションサービスを提供する)、PaaS(Platform as a Service:アプリケーションの開発環境を提供する)、IaaS(Infrastructure as a Service:サーバーやストレージ、ネットワークリソースなどを提供する)などがある。
クラウドを利用する利点は、①利便性向上(インターネットに接続できる環境であれば職場、出張先、自宅などどこからでも利用できる)、②コスト削減期待(設備投資費、システム管理などに要する人件費、災害対策費などはクラウドサービス利用費に変わるがスケールメリットによる総コスト削減が期待される)、③即応性(試用を含め利用開始までの時間が短い)などがあり、欠点は、①セキュリティ不安(企業の重要機密や個人情報の漏洩など)、②カスタマイズが困難(特にSaaSでは独自のカスタマイズ不可)などがある。欠点はあるもののクラウドサービスの売上は拡大の一途で、2017年の世界の総売り上げは前年比18.5%増の2602億ドルとなり今後も拡大することが予測されている。(3)
IT部門の業務にクラウドがどのように影響するか。PaaSとIaaSは、アプリケーション開発の必要があるため開発・構築フェーズの仕事への影響は少ないが、運用フェーズの仕事の大半はクラウドサービスプロバイダの仕事になる。SaaSの場合は、IT部門が提供するサービスの全てがSaaSに置き換われば、開発・構築フェーズ及び運用フェーズの仕事を省略することができるが、実際には独自開発システムとSaaSとを混在して利用するケースが多い。既存業務システムは継続し、グループウェアなどのサービスはSaaSで実現するなどが典型的な例となるが、業務システム再構築の際にSaaSの利用が検討される。その際には、自社の業務プロセスに近いSaaSを選択することになるが、全ての業務プロセスを賄うことができない。そこで、業務プロセスを変更してSaaSの機能に合わせる、他社と差別化するオリジナルな事業やマネジメントを実現する機能はスクラッチ開発するという対応が必要になるため、業務部門や経営陣とのコミュニケーションと連携が、スクラッチ開発の場合よりも一層重要になる。
(3)AI
1950年代から1960年代の第一次AIブームを経て1980年代の第二次ブームのAIは、専門家が持つ知識や経験をルールとして人が知識ベースに登録して利用するルールベースのAIで、エクスパートシステムとして実用に供された。このAIは明確なルールに則って運用される業務に適用され現在も利用されているが、ルールから外れた例外の多い業務で専門家が都度判断するような業務(=ルールが膨大で網羅的に記述できない業務)には適用できないという難点があった。2010年代から現在も続いている第三次ブームのAIは、機械学習の実用化やディープラーニング(深層学習、特徴表現学習)の登場で、大量のデータを与えることにより(人のように)AI自身が知識を習得しAIが予測して答えを出せるようになった。その結果、曖昧な判断や複雑な状況判断を必要とする分野にも適用可能となり、AI将棋やAI碁でその実力が広く知られるようになった。車の自動運転、コールセンター、人型やペット型ロボット、カメラによる人物認識や挙動認識、スマートスピーカ-などに使われており社会への一層の浸透が期待されている。 (4,5,6)
AIを利用するには、最初に利用目的、解決対象課題を明確にした上でシステムに要求されるサービス要件を具体化することが必須で、これはAIに限らず全てのITシステムに共通する(企画フェーズ)。 サービス要件の実現方法として現在ブームのAIが適切と判断された場合にその開発に取り組むが、サービス要件を満たす学習済のAIシステムが提供されている場合はこれを導入する(翻訳サービスやAI将棋などがこれに相当する)。独自開発が必要な場合は、AIを実現する仕組みとその仕組みに学習させるデータとを準備する必要がある。仕組みの開発にはAI技術者やデータサイエンティストなど高度スキル人材が必要となりハードルが高いが、クラウドサービスとしても提供されている適切なAIツールを利用することで仕組みの準備をクリアできる。仕組みに学習させるデータは課題を解決しようとする側が準備する必要があり、解決対象課題に関わる多くの適切なデータを収集することになる。収集したデータを用いてAIツールに学習させてAIが予測する答えが適切なものになるように調整して開発が終了する。開発を終了して運用に入っても解決対象課題を取り巻く環境が変化しAIが習得させた知識では適切な予測ができなくなる場合には再度学習させるなどの対応が必要となる。 (7,8)
IT部門の業務のうちの運用・保守フェーズでAIの活用が期待できる業務は、運用監視、障害管理、キャパシティ管理、セキュリティ対策などがある。これらはシステムが出力する情報に基づいて技術者が判断し対処する業務であり、特に技術者のスキルに依存する障害対応、障害予兆検知、セキュリティ監視などはAIが貢献できる。 (9) また、IT部門の開発・構築フェーズから運用・保守フェーズに至る一連の業務(プロジェクト管理、アプリケーション開発、アプリケーション保守)をAIやその他の技術と組み合わせて総合的に支援するソリューションも提案されており、AIを含めたIT活用の一つの形態として注目される。 (10)
3.おわりに
ITが進歩するほどにITを利用したサービスの種類も利用者も増え、組織運営においてITサービスは重要な地位を占めると共に外部組織のITサービスとの連携も欠かせないものになっている。従って、IT部門業務のなかの企画フェーズや利用者対応フェーズでの経営陣やユーザ、更には外部組織の人とのコミュニケーションは従来にも増して重要になっておりそのスキル向上が望まれる。
また、IT部門業務の4つのフェーズはどのような組織にも共通で、例えば国であれば企画フェーズが国の課題や進路を審議し政策を策定する、開発・構築フェーズが法律制定、運用・保守フェーズは法律施行、利用者対応フェーズは広報などに対応する。IT利用に限らず新たな施策を組織に円滑に導入するには、全員がその施策を理解し協力できるよう企画段階や運用段階に充分に意思疎通を図ることが重要である。
2019年1月11日
出身企業:NTT、NTTアドバンステクノロジ
略歴:回路設計向けCADシステムの開発、NTT研究所OAシステムの企画・開発・運用保守・利用者対応、SIビジネス(システム提案・開発)
【参考資料】
(1) 情報システム部門の4つの役割と具体的な業務内容
リクルート
(2) デジタル変革の時代にIT部門はどうすれば企業の役に立つか
ダイヤモンドオンライン 経営のためのIT 2018/5/18
(3) あらゆるものがサービスになる時代–XaaSの現状と将来予測
ZDNet Japan>クラウド>海外コメンタリー 2017/11/13 Charles McLellan(ZDNet UK)
(4) 人工知能(AI)の現状と未来
総務省 平成28年版情報通信白書
(5) ディープラーニングとエキスパートシステム(ルールベースAI)の使い分け方
NISSEN DIGITAL HUB 2018/10/3
(6) 人工知能で何が変わるのか
NISSEN DIGITAL HUB 2018/12/13
(7) AIの活用トレンドとその導入方法
NTTデータ先端技術株式会社 コラム AI概論
(8) AIブームを支える「機械学習」〜AIの現実的な始め方とは?〜
株式会社アシスト ソフトウェア・リサーチ・センター 2018/7/02
(9) 『AI』を活用した運用部門のトランスフォーメーション
株式会社アシスト ソフトウェア・リサーチ・センター 2017/8/1
(10) アプリケーション開発の自動化 -IBM Watsonを活用した次世代超高速開発-
IBMグローバル・ビジネス・サービス・ビジネスコンサルティング
*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません