専門家コラム

【038】ディジタル機器の高速化・高信頼化の鍵「アナログ技術」

斉藤 成一

 アナログ技術との出会い
今から40年以上前、大学を卒業して企業でプラント制御用コンピュータを開発する部署に配属された頃、世の中はアナログからディジタルに大きく変化していた。すでにアナログコンピュータは消えて現在のフォンノイマン型ディジタルコンピュータになり、制御システムは周辺機器も含めてディジタル一色となっていた。コンシューマー分野でも時計は機械式のアナログからディジタル表示板のディジタル時計が売れ筋になり、車の速度計もディジタル表示がもてはやされる時代であった。このとき,部署内でもディジタル中心、アナログは古い技術のイメージがあり人気がなかったが、センサーからのアナログ信号を処理するためのアナログ回路開発も必要な仕事であった。趣味でアマチュア無線をやっていたためかどうかわからないが、当時担当していたのはアナログ回路設計だった。
その後、プラントからの入出力信号制御装置の開発、CPU高速化研究開発、IP通信装置研究開発などに従事した。今にして思うと、これらの研究開発や課題解決をしていくうえで、相当な期間アナログ回路設計を手がけたことや、同僚が苦労していた回路トラブルやノイズ対策を進んで手助けしたことなど、アナログ技術の範疇といえる経験が役に立ったと実感している。

ディジタル機器の高性能化の変遷
コンピュータをはじめとしたディジタル機器の発展はめざましく、1970年代はディスクリートロジックが主でクロックが1M~数MHz程度であったものが、1980年代に入るとクロック6M~10MHzの8086などマイクロプロセッサのプリント基板搭載が全盛となり、機能と速度の飛躍的向上の恩恵を受けることができた。1995年にWindows95がパソコンに展開されるとさらに高性能化・高速化が進展し、瞬く間にクロック周波数は100MHzを一気に超えてGHzの領域に入っていった。
プロセッサの高速化やコンシューマー分野への拡大は、信号インタフェースやメモリ、そして周辺ロジックにも刺激を与えた。2000年頃には、処理性能向上に伴う大容量データ伝送が必要となってパラレルインタフェースのビット幅拡大の方向へ一時期向かったが、信号本数が飛躍的に増えるためLSIピン数1000ピンを超えた大型化や基板層数増大の課題に直面した。そこで、データ伝送の基本であったパラレルインタフェースから高速データを基本1ペアの信号線で伝送できるギガビット秒(Gbps)級シリアルインタフェースへとパラダイムシフトが起こった。PCI expressやS-ATAなどの高速シリアルインタフェースの適用拡大、そして現在も10Gbps超に向けてさらなる高速化が進展している。

ディジタル機器における課題
ディジタル機器は上記インタフェースの進展を含めて高速化・高性能化が著しいが、高速になるほど困難な課題に直面する。ディジタル回路は「1」と「0」の2値を基本とした回路であり、連続的な信号を扱い電圧レベルに情報をもつアナログ回路とは対をなすものである。例えば「1」の信号と「0」の信号がAND回路に入力されれば「0」が出力されるという論理回路である。論理回路では、IC同士が電気的に接続されていれば信号が正しく伝わるのが前提となっている。
ところが、ディジタル信号が「1」から「0」、「0」から」「1」に変化するときは一瞬中間電圧レベルを通るとともに、このデータ変化はパルス信号となって非常に高い周波数成分を含んだ高周波となるのである。このことは、矩形波パルス信号をフーリエ級数展開するとわかるように、繰り返し周波数のほかに、その整数倍の周波数成分をもつことが理論的に確認できる。そして、このことがディジタル回路の設計で困難なことを引き起こす。すなわち、ディジタル信号を伝える配線のインダクタンスやキャパシタンス成分、信号伝搬時間と配線端での信号反射などによって起こる信号波形歪、さらには表皮効果や高周波誘電体損失による信号減衰など、高速信号になるほど課題が顕在化してくる。
また、高速ディジタル信号は対ノイズの観点の考慮も不可欠である。隣の信号パターンから漏れるクロストーク、機器のノイズ環境による信号パターンやケーブルへの誘導、プリント基板やケーブルから外部への空間ノイズ輻射なども技術課題となる。ディジタル機器は社会インフラ設備や日常生活へ浸透拡大し、依存度がますます高まる方向にある。そのためには、対ノイズ性を高め、いつでもどこでも誰にでも信頼性の高い製品を確保することが求められるのである。

アナログ技術の適用
アナログ技術の基本は物理現象を取り扱う技術で、工学分野としては、回路理論や、通信工学、電磁気学などが関係する。上記ディジタル機器における課題を解決するには、アナログ技術を駆使する必要があるが、難しい理論を極めるというよりこれらの工学の基礎的考え方を横断的かつ実践的にフレキシブルに適用することが重要と考える。
具体的には、狭義のアナログ技術であるアナログ回路技術(OPアンプやトランジスタ回路)を基本とし、広義のアナログ技術といえる高周波回路技術、シグナリインテグリティ(パルス信号の低歪高速伝送)、パワーインテグリティ(電源・グラウンドの安定動作)、EMC技術(ノイズ耐力強化、ノイズ輻射防止)へと展開するとともに、課題に対応して深化を図っていくことが必要となる。
例えば、ギガビット秒(Gbps)級シリアルインタフェースをはじめとした高速ディジタル信号伝送や高速回路動作を設計するためには、広義のアナログ技術である高周波回路技術やシグナリインテグリティそしてパワーインテグリティの技術を主に、回路シミュレーションの活用や信号・インピーダンス測定を組み合わせて設計精度を高めていく。また、高信頼が要求される機器、例えば車の自動運転や無人プラント制御などにも適用可能な耐ノイズ環境を実現するためには、広義のアナログ技術であるパワーインテグリティやEMC技術を主に、静電気シミュレータなどノイズ評価結果との整合や数値解析・分析を取り入れ、設計品質を高めていく必要がある。

今後の展望
以上述べたように、ディジタル機器の進化・発展させる源として、古くて新しいアナログ技術がますます必要となってくる。
アナログ技術は地味でやっかいと見られがちで、ややもすると教育や研究開発においてディジタル偏重へと進む懸念がある。アナログ技術の習得は難しいものではないが、物理現象に興味を持ち、基礎的考え方および応用力強化に向けて時間かけて自分のものとしていく努力が必要である。そのためには、高校・大学における物理系の教育、社会に出てからのOJTを含めた広義のアナログ技術教育の重要性があげられるとともに、遭遇する事象に対して疑問をもち深堀をしていく姿勢、自身のモチベーションを高めて継続していくことが大切である。
ディジタル全盛の世の中にあっても、柔軟性のある新しい発想をもち、アナログ技術を鍵として展開することで、今日さらには明日のディジタル機器の高性能化・高信頼化の発展に寄与できるものと信じている。

2018年7月1日

著 者:斉藤 成一(さいとう せいいち)
出身企業:三菱電機株式会社
略歴:菱電機株式会社・情報技術総合研究所・主管技師長
サレジオ工業高等専門学校・専攻科教授,東京電機大学・非常勤講師
学位:博士(工学)(東京農工大学),学士(早稲田大学)
所属学会:電気学会・上級会員・プロフェショナル
受賞:公益社団法人・発明協会 発明奨励賞 「アナログ入力装置」(2014年)
社団法人・発明協会 関東地方発明奨励賞(2回:1991年,1986年)
専門分野:高速信号伝送技術(シグナルインテグリティ),EMC技術,アナログ技術

*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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