小川 史雄
はじめに
私はこの十数年の間、(財)省エネルギーセンターの専門家として海外向けの省エネルギー技術の指導を行ってきた。対象はASEAN地域が多いが、インドやサウジアラビアなどにも出張した。その経験を通じて感じたこと、考えたことを書いてみたい。
この小文の結論的な主張は「ASEANは成長地域。日本は技術を活かしてこの地域の経済成長を助けると同時に国際社会での生き残りを図るべき。そのためには省エネルギーが有力な技術分野となる。」という事である。
省エネルギーは地球環境問題の解決に向けての有力な手段である。この分野では2015年末に結ばれた「パリ協定」が大きな出来事であった。地球温暖化については異論もあるが、兎も角この協定によって世界は温室効果ガスの排出量削減の方向に向かっている。但し米国のトランプ大統領登場によって不透明な要素が増している。環境問題自体はこの小文の目的から離れるので深入りはしない。
省エネルギーの特徴
所謂「再生可能エネルギー」への期待が以前から高まっている割には実用化への道は険しく、なかなかエネルギー供給に占めるシェアは増えない。化石燃料への依存は直ぐには減りそうにない。「再生可能エネルギー」の開発・実用化には多くの研究開発と多大なる投資が必要である。それに比べれば化石燃料の使用は言ってみれば銀行の預金を引き出すようなもので(但し段々預金そのものの存在の調査が難しくなってきているが)、最も努力が少なく効果があがる道である。地球が何億年もかけて積み立てて来たものだと言っても、次世代に遺すよりは今自分達のために使ってしまおうという事になる。(環境問題はこれに対する天からの警鐘なのかもしれない。)
この点、省エネルギーは即効性もあり、多くの場合経済性にも優れている。多くの国でエネルギー政策として先ず計上される所以である。省エネルギーは比較的小さい投資で実行可能であり、そのコストパフォーマンスの良さから一国の国際収支の改善に寄与するだけでなく、環境問題の解決の一助ともなり、更にEnergy Securityの点からも望ましい。例えばサウジアラビアのこれからの電力需要の増加を賄うために火力発電所の新設が必要とされるが、省エネルギーを実行すれば新設計画を大幅に遅らせる事が可能との試算がある。
また省エネルギーでは日本は国際的に名声・評価を勝ち得ており、日本が世界に誇れる数少ない技術の一つである。(このため外遊中の政治家が安易に外国に省エネルギー分野での協力を約束してあとでその実行に関係者が苦労する事もある。)
筆者がパートタイムで仕事をしている(財)省エネルギーセンターはこの分野での専門機関であり、日本国内で省エネルギー普及のための諸活動を行うだけでなく、種々の国際的な活動も行っている。ASEANに対する技術協力案件の諸項目もその一部であり、成果をあげている。
ASEANの将来
一口にASEANと言っても10ヶ国それぞれで異なる。協力を行うにあたっては良くその国別の事情を理解して本当に彼等のためになる活動を行うべきである。かつて(2015年3月)白石隆(当時)政策研究大学院大学学長はその講演の中で「ASEANは大陸部と島嶼部に大別される。大陸部は歴史的に見ても中国の周辺国と捉えられる。島嶼部はインド・太平洋の一部と捉えられる。」と卓見を述べておられる。
ASEANはその域内で経済格差が大きい事や民族的・宗教的多様性などの困難を乗り越えて2015年末ASEAN経済共同体(AEC)を発足させた。AEC内の関税は2015年中にほぼ撤廃されており、後発加盟国であるカンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナムの関税品目も原則2018年初めに撤廃の予定である。かくしてASEANは一層の経済統合を目指して努力している。AECの規模の他地域経済統合体との比較(2014年)を次の表に示す
即ちASEANの経済規模は今現在EUおよびNAFTAを大きく下回り、2018年予想値でも世界全体の3.6%程度である。一方人口は6億人強で、他の地域と比較して大きく、将来の市場としての可能性を示す。注目すべきはASEAN地域の成長性で、他の地域、特に先進地域と比べて大きい。三井物産戦略研究所レポート(2016年12月)によれば「2016年のASEAN経済は堅調に推移、IMFによると実質GDP成長率は、2015年の4.7%とほぼ同水準の4.8%になると見込まれている。」 またアジア開発銀行の報告書”Asian Development Outlook 2017”(2017年4月)によれば、「ASEANのGDP成長率は2016年4.7%、2017年(予想)4.8%、2018年(予想)5.0%」となっている。
ASEAN地域ではメコン河地域開発などのプロジェクトが進行中である。また統合に関連して、前記した関税の撤廃だけでなく高速道路の南北回廊(中国南部〜ベトナム)や東西回廊(ベトナム〜ミャンマー)の開通による物流の大幅な改善などで経済成長の諸条件も整いつつある。また長らく実質的鎖国状態にあったミャンマーも2015年11月の総選挙で軍事政権から民主化政権に移行し、外国からの訪問ラッシュが見られる。
日本の生き残り策の一つはこれらのASEAN諸国の成長に日本の技術力を活かして協力して共存共栄を図る事ではないだろうか。製造業を中心として民間企業は既に自己の生き残りのためにこれらの努力をしていると思われるが、日本政府として適切な方針を立てて納税者の金を有効に使う事が望まれる。
日本の方針
日本の国際収支を考えると外貨が必要である。食料・エネルギーなど一定の外国からの輸入は不可欠である。それではこの外貨を稼ぐために日本は何を世界に売って行くか?従来から言われていた輸出だけでなく投資に対するリターンも含めて総合的に国際収支の黒字を如何にして維持して行くか? 言い換えれば日本は世界の中で如何にして生き残って行くか? その存在価値は何か? 何を売り物にすれば良いのか?
筆者のように技術者の端くれとして仕事してきた者にとってはやはり「モノづくり」に関連した技術を活かしたいと思うし、日本の技術は未だ可能性があると考える。(良く言われるように町工場のような中小企業でも、ある分野で世界の大きなシェアを占めている会社がある。)他方「モノづくり」よりもこれからは「コトづくり」に注力する必要があると唱える人達もいる。兎も角も生き残り具体策としてはASEAN諸国の真に必要とするモノ・コトを洞察して適切な協力をして行く事が大切と思う。(毎年の日本の技術協力・援助の項目を見出すのに苦労したり、日本側の事情からある案件を押し付けるという話も聞くが、不適切極まりない。)
日本として避けて通れない問題は中国がASEANに対して大きな影響を持っているという事実である。前記大陸部の国の一つであるミャンマーでは鎖国状態で他の外国が手を出せない間に中国が影響力をほしいままにし、新首都ネピドへの遷都まで行われた。また島嶼部の国の一つであるフィリピンは中国と南シナ海で領土紛争中で、国際裁判所で有利な裁定を得たにも拘わらずその後の動きは不透明なものがある。中国は、善悪や妥当性の問題はさておいて、基本的なマスタープランを持っているようである。充分な情報収集・分析の基礎の上に日本の確固たる基本方針が策定され実行される事を切に望む。これは理念・ビジョン・構想力の問題かもしれない。
ASEAN諸国のために有効活用されるべき日本の技術を考える。ASEAN諸国の多くの国で、首都圏の水道水の品質が良く、飲用可能なところも多い。これは日本の過去の協力の成果である。また交通などのインフラ整備を例に取れば、個々の技術で優れた企業は多いが、総合力と言うか、纏める点に問題があるとも言われる。またこれからはハード面だけでなくソフト面の協力も重要と言われる。種々の可能性の中で、省エネルギー技術はまさしく協力案件の有力候補である。(財)省エネルギーセンターはこの技術のワンストップ窓口の機能を果たす事ができる。会員に有力企業がすべて網羅されており、かつ国際的な活動の長い歴史と豊かな経験があるからである。
実際にASEAN向けの省エネルギーの技術協力に従事すると、特に欧州のCompetitorsが居る事を実感する。例えばマレーシア政府の省エネルギー担当部局には一時欧米のコンサルタントが深く入り込んでいた。また、例えばデンマークのC2E2 (Copenhagen Centre on Energy Efficiency)は国際的に活躍している。これら欧米の機関と競合する場面で感じるのは「日本人のプレゼン下手」である。ただでさえ同じ内容でも聞き手からの評価では容姿や英語の点から不利になりやすい。加えてプレゼンそのものも我々は下手である。これは我々が率直に認識して改善して行くべき点である。
終わりに
繰り返しになるが、我々は「ASEAN地域に対して、日本の技術を活かして、彼等の発展を助け、成長の成果の一部を共有して行くべき」と考える。このための技術として省エネルギーは有力な分野と思う。
(参考文献)雑誌Aray Z, 2016年12月号、特集「ASEANビジネス戦略2017」
雑誌「PETROTECH」2011年6〜9月連載、「対話的講義のすすめ」
(財)省エネルギーセンターURL http://www.eccj.or.jp
2017年5月17日
出身企業:三菱石油(現JXTGホールディングス)
略 歴:海外事業部長、タイ国子会社社長
現 職:(財)省エネルギーセンター国際協力本部高度専門技術員(パートタイム)
専門分野:省エネルギー、地球環境、石油精製
資 格:通訳案内業(英語)
趣 味:囲碁・将棋・音楽・タイ語
*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません