小林 進
治療法が確立されていない病気に対して効果的な医薬品が創製され、その病気で苦しんでいる世界中の患者さんに届けられ、症状が緩和されたり、病気の進展が抑制されたり、さらには治癒につながることができれば大変心強く、それが日本発の医薬品であればうれしいことである。
日本は世界の中でも数少ない創薬立国として、これまでメバロチン(第一三共)、ガスター(アステラス)、アクトス(武田)といった多くの優れた医薬品を世界中の患者さんに届け、医療に貢献してきた。近年では世界初の免疫チェックポイント阻害剤である抗ヒトPD-1モノクローナル抗体の抗がん剤オプジーボ(小野薬品工業)、アルツハイマー型認知症の原因であるアミロイドベータに対するモノクローナル抗体のレケンビ(エーザイ)が国内外で承認され、日本の創薬力が世界で優れていることを示してきた。
しかしながら、新型コロナワクチン開発に関しては、世界中が急ピッチで開発を行う中、欧米ではmRNA技術を利用した新しいモダリティによるコロナウイルス(SARS-CoV-2)RNAワクチンが短期間で実用化され、日本を含めた世界中で接種が行われ未曽有のパンデミックの鎮静化に貢献したが、日本のワクチン開発は出遅れ、その優れた創薬力に疑問符がついてしまった。
開発競争に遅れを取った日本の創薬力は本当に低下してしまったのか?
世界に通用する優れた医薬品は国内外で使用されるため、その売上高は世界の売上ランキングでも上位を占めることが可能となり、また、当該医薬品を創製した製薬企業の売上高も、世界の製薬企業の中で同様な地位を占めることが可能となるため、売上高を一つの指標として日本の創薬力を検討することとした。
1. 医薬品売上高から見た日本の創薬力
(1) 日本で創製された医薬品の売上ランキング
2000年から10年間隔で、世界の医療用医薬品売上トップ20の中にどの位日本発の医薬品が占めているかを調査した。2000年は3製剤(メバロチン、タケプロン、ガスター)がランクインし1)、2010年も品目は異なるが3製剤(クレストール、アクトス、エビリファイ)がランクインしていた2)。しかしながら2020年になると、1製剤(オプジーボ)のみとなった3)。その傾向は直近の2022年でも1品目(オプジーボ)と同じであり4)、日本の創薬力の低下が示唆された。
(2) 日本の製薬企業の売上ランキング
同時期の世界の企業別医薬品売上トップ20における日本の製薬企業数を見ると、2000年では3社*(武田、第一三共、アステラス)5)、2010年ではエーザイを加えた4社がランクインしていたが6)、2020年は2社(武田、大塚)のみであった7)。2022年では武田1社となり8)、製薬企業別売上ランキングからも近年日本企業が創薬で苦戦していることが推察された。
* 第一三共とアステラス製薬はそれぞれ合併前であったが、三共(21位)と第一製薬(28位)、山之内製薬(23位)と藤沢薬品工業(31位)の売り上げを合わせると20位以内にランクインしたため3社と判断した。
このように医薬品売上高から日本の創薬力の低下が推察されたため、次に創薬力低下が何に起因するのかを検討することとしたが、その前にランキングが低下した原因が創薬力以外にないか、国内外の医薬品市場の成長率を比較してみた。
過去10年間の日本の医薬品市場の伸びは1.15倍であり9)、世界の1.53倍と比べて小さく10)、それは日本独自の薬価施策によるものと推察されたが、国内市場に参入している外資系製薬企業も同じ条件であり、また日本の製薬企業は近年積極的に海外に進出していることから、この低下の原因が創薬以外にあるとは考えにくかった。
そこで上位にランクインした医薬品の種類を検討すれば、創薬力低下の原因を探れるのではないかと考え、創薬基盤技術に基づく医薬品の分類であるモダリティに着目した。
(3) モダリティ別世界の医薬品売上高
世界売上上位20にランクインされた医薬品をモダリティ別にみると、2000年では低分子医薬品が18品目(90%)、遺伝子組換えタンパクが1品目(5%)及び中分子医薬品(酵素阻害剤)1品目(5%)と低分子医薬品が大半を占めていたが1)、2010年では、低分子医薬品9品目(45%)、抗体医薬品5品目(25%)、遺伝子組換えタンパク3品目(15%)、中分子医薬品(酵素阻害剤等)3品目(15%)となり、低分子医薬品の割合が大幅に低下し、抗体医薬や遺伝子組換えタンパクといったバイオ医薬品が増加した2)。2020年でも低分子医薬品8品目(40%)、抗体医薬品6品目(30%)、遺伝子組換えタンパク6品目(30%)と低分子医薬品の減少傾向がより強くなった3)。
このように世界の医薬品売上の上位を占めるのは、低分子医薬品からバイオ医薬品にシフトしているが、日本が創製した医薬品で2000年と2010年にトップ20にランクインしたものはすべて低分子医薬品であり、2020年にランクインした1品目は抗体医薬であったことから、日本の製薬企業は低分子医薬品の創薬には優れているが、バイオ医薬品の創薬に苦戦していることが推察された。
そのため、低分子医薬品とバイオ医薬品とで創薬にどのような違いがあるのか、さらに欧米のバイオ医薬品創薬状況を参考に、日本の創薬力を高めるために何をしたらよいかを考察することにした。
2. 低分子医薬品とバイオ医薬品の創薬の違い
創薬、言換えると医薬品開発は、シーズ探索の基礎研究から製剤開発、非臨床開発、臨床開発を経て製造販売承認に至るまで多くの課題が待ち受けることになるため、成功確率は非常に低く、年々低下している。実際、2015~2019年では医薬品候補が見つかり非臨床開発に移行できる確率は1/3,740(0.03%)、臨床開発まで進める確率は1/10,301(0.01%)、最終的に製造販売承認を取得できる確率は1/22,749(0.004%)であり、成功確率2~3万分の1と非常に低い12)。このように成功確率の非常に低い創薬において、低分子医薬品とバイオ医薬品とで創薬にどのような違いがあるのだろうか? それを検討するために、まず、低分子医薬品とバイオ医薬品の違いをみることにした。
(1) 低分子医薬品とバイオ医薬品の違い
低分子医薬品とは分子量がおよそ500までの主に化学合成される医薬品をいい、生体内で働く場所(標的分子)は、受容体、酵素、トランスポーター、イオンチャネル等である。
低分子医薬品の特徴は、消化管から吸収されるため経口投与ができ、また大量化学合成も可能なため開発コストを低く抑えることができる利点がある。一方、分子量が小さいために、生体内で重要な役割を果たし病態にも関与しているたんぱく質間相互作用(PPI:Protein-Protein Interaction)に働きかけることが難しいといった課題がある。
一方、バイオ医薬品とは、たんぱく質を作ることができる生物の力を利用して製造される主にたんぱく質を有効成分とする医薬品であり、分子量が数千~15万程度と大きい。バイオ医薬品には、生体内で不足しているインスリンといったホルモン等のたんぱく質を補う組換えタンパク医薬品や、病気の原因となる標的分子(抗原等)に結合することで病気の進展を抑制する抗体医薬品のほか、核酸医薬品、遺伝子治療医薬品、細胞治療医薬品等がある。
バイオ医薬品は分子量が大きいため経口投与が難しく注射剤等で投与されるが、低分子医薬品と異なり標的分子との特異性が高いため、他の組織への影響が小さく副作用が発現しにくいといった特徴があり、また、低分子医薬品では難しかったPPIに働きかけることも可能となった。
(2) 低分子医薬品とバイオ医薬品の創薬の違い
低分子医薬品とバイオ医薬品の創薬にどのような違いがあるのか?
低分子医薬品の創薬はスクリーニング創薬と言われ、遺伝情報のゲノム解析、たんぱく質構造と機能に関するプロテオーム解析などを通じて、疾患に関与する受容体、酵素などの生体内標的分子の中で、短期間で多数の化合物を評価できるハイスループットスクリーニング(HTS: High Throughput Screening)可能な標的分子を見出した後、化合物ライブラリーを用いて HTS を実施し、短期間で効率的に新薬候補となる化合物を探索する。探索したリード化合物は最適化され、開発候補品となり、大量化学合成される。このように低分子医薬品に特徴的な創薬必要技術としては、化合物ライブラリー、合成化学、および有機化学である13)。
低分子医薬品創薬の最大の課題はすでに数多くの医薬品が開発されてきたため、新たな標的分子の探索が難しくなりつつあり、今後の創薬にはこれまで以上の困難さが伴うことである。
一方、バイオ医薬品の創薬は生物の力を利用したものであり、抗体医薬を例にごく簡単に説明すると、創薬ターゲットとなる抗原を特定し、抗原を動物に投与して抗体を産生させ、目的に合致した抗体を選択し、生産細胞に抗体遺伝子を導入して大量生産する。必要な技術としては、抗体工学、大量培養技術、発酵工学である13)。
バイオ医薬品は、病態に関係しているたんぱく質間相互作用を標的とすることができるため、低分子医薬品では解決できなかった疾患に対する効果が期待できる利点があるので、今後も発展することが予想されている。一方、細胞で生産されるため細胞株樹立(マスターセルバンク構築)、培養法の検討、大量培養装置設置等、製造技術が高度で複雑であるため大規模設備が必要となり、また、一定の品質を確保することが低分子医薬品と比較して難しいといった技術上の課題がある。
このように低分子医薬品とバイオ医薬品創薬の違いが明らかになったので、つぎに日本のバイオ医薬品創薬が苦戦している原因と発展させるためにはどうしたらよいか検討することにした。
3. 日本のバイオ医薬品創薬力を高めるために
日本は、低分子医薬品の創薬では米国に続く世界第2位の実績を示してきたが、世界がバイオ医薬品創薬にシフトしていく中、日本は出遅れている。その原因としては、前述したように製造に高度な技術が必要で、早期臨床の段階で高額な投資判断が求められるため、事業規模が海外と比較して小さい国内製薬企業ではハードルが高いこと、培養法が未確立なものが多いこと、品質管理が難しいこと、我が国に専門人材が不足していること等が考えられる14)
欧米のグローバル製薬企業では、早くから低分子医薬品のみの創薬に限界を感じ、抗体医薬品のようなバイオ医薬品にシフトするようになったが、その創薬の難しさ、技術の複雑さから自前だけなく、医薬品シーズをベンチャー企業、大学等のアカデミアに求める動きが活発化していった。売上規模500億円未満のアカデミアや新興バイオ医薬品企業の新薬開発パイプラインが全体に占める割合は、2001年の約30%から2021年に65%に拡大した一方、大手製薬企業のパイプラインは49%から24%まで低下している15)。大手製薬企業が今でも医薬品売上で上位を占めることと考え合わせると、新興バイオ企業が創出した医薬品シーズを大規模製薬企業が何らかの方法で獲得し、後期開発を行い発売するという動きが活発になっているということである。これらの買収は保有パイプラインのみならず創薬基盤技術の獲得が主要な目的になっていると考えられる13)。
日本が今後も創薬立国としての地位を堅持するためには、できるだけ早く海外と同等以上のバイオ医薬品の創薬基盤技術を確立することが重要である。低分子医薬品創薬では、1社完結型の創薬基盤技術を確立することは可能であったが、バイオ医薬品の場合、創薬の複雑さから創薬基盤技術を1社のみで確立することは膨大な費用と年月を必要とするため難しく、創薬の中で役割分担を行う水平分業が重要だと思う。そのためには①自社でバイオ医薬品の標的分子探索研究を充実させるとともに、常に国内外の最先端の研究、技術に目を配り、必要と判断すれば大学等のアカデミアとの共同研究を積極的に行う、②バイオ医薬品を開発している国内外のベンチャー企業とのライセンス契約、または企業買収等によりパイプライン取得とともに創薬基盤技術を取得する、といった戦略が良いのではないかと考える。そのほか、標的分子の絞込みの後は製造技術が重要であることから、早期開発段階からバイオ医薬品の製造・開発を行っているCDMO(Contract Development and Manufacturing Organization: 医薬品受託開発製造企業)と連携することも投資効率の観点からも大切だと考える。
日本の創薬力を高めるためには、民間製薬企業の努力とともに、国が医薬品産業を基幹産業として位置づけ、バイオ医薬品の創薬基盤技術確立を後押しすることが重要だと思うが、既に、アカデミア等で発見された優れたシーズの実用化を促進するために国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援により、創薬ベンチャーエコシステム強化が図られていることは心強い16)。
また、創薬を1社完結型から水平分業で進めるうえで大切なことは、レベルの高い専門家同士の交流であり、科学的な課題も真摯な議論を通じて解決できると考える。そのためには専門家の育成も重要である。
現在、民間でも創薬の各プレーヤーが議論できる交流の場を設けたり、アカデミアの創薬研究を製薬企業に紹介し議論する場を提供するといった取り組みが行われているので、今後さらに広がっていくことを期待したい。
このように、創薬ベンチャーを含めた製薬企業のたゆまぬ努力とともに、産官学のオールジャパンで取り組みを進めていくことが日本の創薬にとって重要だと考える。
4. 終わりに
これまで、世界の創薬の潮流が、低分子医薬品から抗体医薬品等のバイオ医薬品にシフトする中で日本は出遅れ、それを挽回するためには早急にバイオ医薬品の創薬基盤技術を確立する必要があること、バイオ医薬品の創薬は難しくまた製造技術も複雑なため1社完結型ではなく、シーズを外部に求めたり、CDMO等の外部リソースを活用する水平分業型が重要になることを述べてきた。
国内でもすでに大手製薬企業を中心に新しい試みがなされ、第一三共では「がんに強みを持つ先進的グローバル創薬企業」を目標に、抗体に薬物をリンクさせた抗体薬物複合体(ADC: Antibody Drug Conjugation)技術を確立し、現在6つの医薬品シーズが臨床開発段階にあり、その多くは海外の大手製薬企業と共同開発を行っており、幅広く海外展開を進めている17)。
上記複合体技術やさらにはバイオ医薬品の機能をより小さな分子で代替えすることも創薬の一つの潮流になる可能性があることから18)、今後はほかの国内製薬企業でも、自社でこれまで培った創薬基盤技術をもとに新しい技術を取り入れることで、バイオ医薬品やその一歩先を行った創薬を行う実力を有していると考えられるので、近い将来、日本発の多くの優れた医薬品が世界の医療に貢献し、日本の創薬力が見直されるものと予想している。
2024年1月30日
著者:小林 進
出身企業:万有製薬株式会社(現:MSD)、ノーベルファーマ株式会社
略歴:万有製薬で新薬の開発薬事、臨床開発を担当、その後ノーベルファーマに転職し臨床開発、医薬品シーズの導入評価を担当
専門分野:医薬品開発(医薬品シーズの導入評価、治験関連業務、承認申請関連業務等)
引用文献:
1) “2000年医薬品世界売上ベスト31”ユート・ブレーンニュースリリース 2001年7月
2) “2010年世界売上ランキング 40億ドル以上は21製品 バイオ医薬品の成長目立つ” ミクスonline 2011年8月8日
3) “2020年世界で最も売れた医薬品は”AnswersNews 2021年6月21日
4) “2022年世界で最も売れた医薬品は”AnswersNews 2023年6月20日
5) “世界の大手メーカー医薬品売上ランキング’00” ユート・ブレーン ニュースリリース 2001年6月
6) “世界の医薬品売上高ランキング(上位30社)”2006年~2011年 セジデム・ストラテジックデータ株式会社 ユート・ブレーン事業部
7) “【2021年版】製薬会社世界ランキング トップ3はロシュ、ノバルティス、メルク買収でアッヴィやブリストルも売り上げ拡大” AnswersNews 2021年5月17日
8) “【2022年版】製薬会社世界ランキング ファイザー、コロナワクチンで5年ぶり首位ロシュは2位後退 3位はアッヴィ” AnswersNews 2023年5月18日
9) “2001年~2022年 世界の医薬品市場の売上” Statista Japan 2023年4月21日
10) “2022年、過去最高を記録した国内医薬品市場 10年前とどう変わった?” AnswersNews 2023年3月2日
11) “医薬品・バイオ研究の実用化に向けて” 平成18年度厚生労働科学研究費補助金 医薬品・医療機器開発に対する理解増進に関する研究」研究班
12) “新薬開発の成功率(累積成功率)” 医薬品産業ビジョン2021資料編
13) “次世代創薬基盤技術の導入と構築に関する研究”日本製薬工業協会 医薬産業政策研究所リサーチペーパーNo77
14) “バイオ医薬品と低分子化合物の創薬プロセスの違い”内閣府資料
15) “新興バイオ医薬品企業の台頭、新たなドラッグ・ラグ生む 日本に開発を呼び込むためには” AnswersNews 2022年6月1日
16) “バイオベンチャーの支援 創薬ベンチャーエコシステム強化事業”経済産業省ホームページ(バイオベンチャーの支援 (METI/経済産業省))
17) “DXd-ADC 3製品に関するMerck & Co., Inc., Rahway, NJ, USAとのグローバル開発及び販売提携のお知らせ” 第一三共 Press Release 2023年10月20日
18) “新薬における創薬モダリティのトレンド—多様化/高分子化の流れと、進化する低分子医薬—”JPMA NEWS LETTEE 2022年3月号(No.208)
*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません