樫原 潤三
新たな産業育成のプロジェクトとは;欧米に学ぶ
1.研究開発と事業化促進プロセス
わが国における基礎研究段階/応用研究段階/商品化・事業化段階などそれぞれの段階における連携活動は、大まかに次のように分けることができる。
段 階 | 特徴 | 連携の形態 | 期待される成果 | |
---|---|---|---|---|
① | 研究基盤整備 | 非競争 | 文科省・経産省などの主導的支援による産官学連携 | 発見、解明 |
② | 基礎研究 | 競争 | 個別の産官学連携やマルチクライアント(分野毎に1社)での産官学連携 | 基本特許出願 ベンチャー企業・育成 |
③ | 規格・基準づくり | 非競争 | 経産省などの支援を伴う産官学連携 コンソーシアム、フォーラム、プロジェクトチーム | 標準化 (プロトコル、測定条件、標準試料、標準機) 規格への自社特許埋込み |
④ | 応用研究 | 競争 | 個別の産官学金連携やマルチクライアント(分野毎に1社)での産官学金連携 | 周辺特許出願 |
⑤ | 普及促進基盤構築 | 非競争 | 経産省などの支援を伴う産官学連携 コンソーシアム、フォーラム、プロジェクトチーム |
実証実験 規格認証機構 ロゴマーク制定、商標登録 PATプール管理機構 |
⑥ | 製品開発 事業化 |
競争 | 起業、業務提携 | 営業収益 特許収入 |
これらの段階で、特に、新たな概念に基づく研究開発から応用に至る過程(規格作りなど③)と、応用から事業化に至る過程(普及促進など⑤)では、産官学連携やプロジェクト形成などの施策が採られることが多いが、精緻な計画を立てても成果の見通しが立てにくいなど、リスクも大きいことなどから、「死の谷」(Chasmとも言う)と呼ばれ、その克服のための施策はビジネス構造・習慣・環境を反映して日欧米で異なった取り組みが見られる。
先ずは、この2つの段階をプロファイルしてみる。
規格・基準づくりの段階③:
この段階では、それぞれの研究成果が何らかの形で相互に活用することを志向する関係者が集まってコンソーシアム等を構成し、非競争的な雰囲気の中で規格化を目指す活動をすることとなるが、参加者は自己の研究に有利な条件や方法や物が採用され、特許は必須特許と位置づけられることを目指す。
この段階での主導者は、研究機関であることが多い。研究成果を他の研究と比較参照して、研究の競争力を確認したり、他の研究とのインタフェースを図ろうとする場合、用語や測定条件・試料などを統一して規格化することが評価の客観性や拡張性を持たせる上で必要である。
普及促進基盤構築の段階⑤:
規格化・標準化が完了すると同時にその団体の活動が低迷することが散見されるが、成果が活用できなければ意味はない。そこで、この段階ではオープンな講演会や発表展示会など種々の普及促進活動が行われることになるが、とりわけ市場が萌芽期にあり、認知度が低い新しいカテゴリーの商品やシステムなどにおいては、1社でのユーザー啓蒙活動等は効果的でなく、リスクも大きい。
関係者が一致協力して普及促進活動に当たることで訴求力が増し、公的にも産業政策の周知徹底と兼ねての産業活性化の視点での官の支援が望まれ、場合によっては奨励制度や規制を伴う法的な措置につなぐことができればより効果的である。
具体的には、認知度向上を図る方策として、製造業者への規格適合認証による相互接続の品質確保とこれに基づいたロゴマークの制定がユーザーへのわかりやすい簡潔な商品説明として有効である。また、必須特許を明確にして必須特許プール管理機構を設立することは、早期事業化を促す意味で重要である。
しかしこれらは、発売前の商品を扱うことから秘匿性と中立性が強く求められ、さらには推進経費の面で問題がある場合が多い。
2.日欧米の比較
a.プロジェクトのメンバー
これらの段階においては、関係者が協力して取り組むことが望まれるが、日本ではほとんどの場合、同業者団体が、あるいは公的機関の支援を受けた同業者の団体だけで行われる場合が多い。インサイダーを構成して参入障壁を高くすることや、できれば1社だけで完結したいと言うのが本音であるように思われる。
欧米の場合、中立性・公平性とプロジェクト終了後の円滑な次ステップへの移行を重視し、その役割は連携の枠組み外の第3者(公的機関やその外郭団体、コンサルタントなど)をも含む、すべてのステークホルダーで構成される場合が多い。日本企業も、国際標準化を目指す場合は、これらの団体の会員として参加している。
b.アウトプット
日本においては、研究開発・普及促進のそれぞれの段階が単一の業種メンバーによって構成されることから、アウトプットの出た段階で初めて次の業界に働き掛けると言う手順を踏む。研究成果が出てから事業者に提案する等(いわゆる狭義のマッチング活動)である。
米国の場合、全段階にバリューチェーンを形成するすべてのチェーンのステークホルダーが初めから関わっているので、主導者は研究機関(大学やIEEEやIEC,ITU-T等)からビジネスのプレーヤーにバトンタッチするだけのことである。プロジェクト形成のスタート時は日程を含む目標が明確にされており、シームレスにつなげていく共通認識・約束ができている。団体によっては会員資格(会費や責任・権限)をバリューチェーンに対応した重み付けで階層化し、段階ごとに重み付けが変更されて推進役が交代していく仕組みを最初から作っている例もある。
研究開発段階では研究機関が議長を務め、規格化段階では企業が、普及促進段階ではユーザー企業や流通ビジネスがその任に当たる、などである。
欧州では、規格作りを重視する志向があることや、欧州機構による大型の支援策が定着していることもあり、FPやHorison2020の研究開発・事業化プログラムでは、全段階にバリューチェーンを形成するステークホルダーが関わっている。出口戦略的には、プロジェクトのメンバーとしてNGO・地方自治体やユーザー団体も参加し、場合によっては条例をも制定することも含むなど、確実な実用化の仕組みがなされていることが多い。アウトプットではなく、確実にエンドユーザーに届ける意味で、“アウトリーチ”と呼ばれている。
c.コーディネータ
日本でもコーディネータやコンサルタントと呼ばれる職業があるが欧米に比較して活動は低調な感がある。これはすべて1社で完結したいという商習慣や、他人の褌で相撲を取ることを潔く思わない風潮によると考えられる。
欧米では、コーディネータやコンサルタントをネットワークと調整能力にたけた人材としてリスペクトし積極的に活用している。歴史的に“社交界”が存在していたことが背景にあると言う人もいる。
米国では、特にコーディネータやコンサルタントがベンチャーキャピタルとも密接に関係し、様々な形(オープン/クロズド)でコンソーシアムなどの形成を行っている。
欧州でも、コーディネータやコンサルタントが公的支援機関と連携した活動を行っている。FP*やHorison2020では、研究開発・事業化プロジェクトの形成に先立ち、コーディネータやコンサルタントがそのメンバーをマッチングする活動(研究会や展示会・講習会を主催する)そのものが公的プロジェクトとなっている例が多い。このような準備プロジェクトを経て、本格的な研究開発プロジェクトに移行していく。
d.イベント
日本でも種々の展示会や講演会が実施されているが、一方的な展示・発表がほとんどで、マッチング活動は展示者と参加者に委ねられている。
欧米では、展示会運営会社ではなく、コーディネータやコンサルタント会社が主催するセミナーがあり、競合する技術やビジネスを同席させた白熱した討論会などが実施され、ベンチャーキャピタルやエンドユーザーの講評セッションまで準備されている。社交場的な雰囲気が提供されていることは言うまでもない。開催期間は2〜5日である。もっとも参加費は20〜30万円相当と高いが、自社の技術戦略立案の情報源としては十分の価値がある。リピーターディスカウントなどもあり、定点観測として最適な場である。
3.所感
グローバル化に伴いダイナミックに合従連衡が行われるようになった現状と、これまでに見た日欧米のビジネス連携の生態を勘案すると、研究開発と事業化のプロセスでは欧米のそれに分がある。
死の谷を克服するリスクを、入念なプランニングよりも、それぞれの段階におけるプレーヤーからのフィードバックを元にした試行錯誤・反復設計を重視した「リーンスタートアップ」と「アウトプットではなくアウトリーチ」で乗り越えようとするマネージメントが求められる。
さらに、コーディネータやコンサルタントを、企業活動の補完ではなく、標準として活用することが上記のマネージメントの質を高める。
ただし、日本においては、コーディネータやコンサルタントの質と量が不足していることは認めざるを得ず、その育成と連携に戦略的に取り組む必要を感じる。
2015年8月18日
出身企業:シャープ株式会社、奈良先端科学技術大学院大学
略歴:シャープ(株);電化商品開発研究所・要素技術開発室長、技術戦略企画室・参事、eヘルスケア開発室・参事、国際標準化推進室・参事
奈良先端科学技術大学院大学産官学連携本部;特許流通アドバイザー、国際連携担当特任教授
専門分野:電子制御、センサー/ホームネットワーク、パーソナルヘルスケア、プラズマ応用、知的財産権・技術法務
*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません