専門家コラム

【056】 ダマスカスの剣と日本刀

平野 淳

 「シルクのネッカチーフが刃の上に落ちると自重で真二つに切れた」
 十字軍の時代にサラディンが持っていたダマスカスの剣の切れ味の伝説である。インドのウーツ鋼を素材とし、ダマスカス(シリア)で作られたダマスカスの剣は、その切れ味と刃こぼれしない強靭さでヨーロッパの貴族の憧れの剣であった。
 刀剣は、武具の一つではあるが、歴史とロマンを感じる。ダマスカス剣と日本刀を中心に金属学の視点で刀剣を紹介する。

1.ダマスカスの剣
 ダマスカスの剣はセメンタイト相Fe3Cとフェライト相が作る表面の木目調模様が特徴である。硬いセメンタイト相と柔らかいフェライト相が絡み合った構造が、優れた切れ味をもたらしていたのだろう。ただし、現在作られているダマスカスナイフ等は、2種の鋼材を層状に重ねて鍛造し木目模様を出したレプリカである。
 オリジナルのダマスカス剣は、ウーツ鉱からの製鋼工程で、坩堝内での凝固時に独特なデンドライト(樹脂状)を形成させ、そのインゴットからデンドライト模様を残す特殊な鍛造をしていたようである。ウーツ鉱に含まれていた微量なバナジウムが独特なデンドライト模様を形成したという説もあるが、ウーツ鉱も枯渇し、一子相伝だったダマスカス剣製造の技術も途絶えてしまった。
 インドの「デリーの鉄柱」(高さ10m,10t)は約1,600年も錆びないが、ウーツ鋼製と言われている。Fe99.7%程度の鋼なのに錆びない理由は、まだ解明されていない。あのファラデーもウーツ鋼に影響され、錆びない合金鋼の研究をし、今のステンレス鋼へつながっている。
 ダマスカス鋼の製法の伝説に「平原にのぼる太陽のごとく輝くまで熱し、次に皇帝の服の紫紅色となるまで筋骨逞しい奴隷の肉体に突き刺して冷やす、・・・奴隷の力が剣に乗り移って金属を硬くする」というものがある。誇張した内容だろうが、現代の油焼き入れのような特殊な焼き入れがされていたのだろう。

2.青銅の剣
 オリンピックの銅メダルが、”Bronze Medal” であり、”Copper Medal”でないことを長いこと知らなかった。Bronze=青銅の青は、綺麗に表面に酸化層を形成させた緑青(ロクショウ)に由来するのだろう。本来は金色に近い赤色である。
 ちなみに主題とは離れるが、ブラスバンドつまり”Brass Band”がBrass=真鍮=黄銅の楽器のバンドであることも同様にしばらく知らなかった。
 Bronze=青銅の剣が歴史的に最初の実用的な金属製の刀剣であることは間違い無いだろう。銅=Cuと錫=Snの合金である青銅は、Snの成分にもよる融点が銅の1,085℃より100℃近く低い。初期の青銅はSnを多く含む銅鉱石から直接作られたのだろう。鉄の融点1,538℃に比べると圧倒的に低温で溶けて製錬しやすかったはずである。鋳造もしやすい。鉄に比べ格段に耐食性も良い。
 純銅の硬さが、ビッカース硬さHvで約50なのに対し、青銅はHv約100で硬さが倍増する。これは合金化することによる「固溶体強化」による。「固溶体強化」は、大きさの違うCuとSn 原子が混じり合うことにより結晶格子が歪み、金属の滑り変形を妨げることにより固くなることである。
 さらに冷間加工することによりHv220程度まで硬化させることができる。これは鋼材(例S45C)の硬度Hv約230に近い。これは、冷間加工による「加工硬化」である。「加工硬化」は冷間加工の塑性変形による結晶の転位密度上昇により、金属の滑り変形が妨げられることにより固くなることである。剣形状に製造しやすく、切れ味抜群の青銅の剣は、それまでの棍棒や石斧に対し圧倒的に武器としての優位を発揮したであろう。
 古代日本では、青銅剣と鉄剣はほぼ同時期に、材料と技術が渡来したようである。鉄剣より青銅剣の方が耐食性の関係から出土されやすいと考えられる。青銅剣が出雲地方等で出土されるが、奈良等で出土される銅鐸と同様に日本では実戦より祭祀で使われたようである。

3.鉄剣
 埼玉県の古墳公園の博物館に、鉄剣が保存されている。「稲荷山古墳の鉄剣」である。鉄剣には、金による銘文が施され、「ワカタケル」=「雄略天皇」の時代と推定されている。5世紀の古墳時代にすでに、関東で鉄剣も祭祀に使われるようになっていたと考えられる。
 鉄剣/鉄器は紀元前1,500年頃ヒッタイト(アナトリア地域:現在のトルコ地方)で作り始められたという。鉄剣/鉄器は、古代での農機具よる経済発展と鉄剣を中心とする武器による圧倒的戦力により周辺地域を短期間に席巻した。
 青銅剣を鉄剣が圧倒した理由の一つは、焼き入れつまり、「約850℃以上のオーステナイト相から急冷すること」により、マルテンサイト変態が起こり、硬度を大幅にアップすることができたことにある。マルテンサイトの硬さはHv500以上であり、青銅剣より圧倒的に優位に立つ。
 マルテンサイトは硬いが脆いので、約400℃で焼戻しすると靭性が増したトルースタイトになる。トルースタイトの硬さはHv約400である。約500℃で焼戻したソルバイトも多く使われる。
 ヒッタイトで造られた鉄は、鉄鉱石や砂鉄を融点以下の800℃程度に木材の燃焼ガスで加熱し還元し、熱間鍛造して錬鉄としていた。ヒッタイト帝国は木材枯渇とともに滅び、鉄の技術は東進し、タタール人へ伝えられた。「タタール」の製鉄が日本の「たたら製鉄」に伝わったという説もある。  中国では、春秋戦国時代に鉄製錬を発達させ、独自に「ふいご」を使った高温と、高炭素で鉄の融点を約1,200℃に下げ溶融し、鋳鉄鋳物を作るようになった。ヒッタイトや西欧では、鋳鉄ができても黒鉛化技術が遅れ近代まで脆い白銑しかできなかった。中国ではシリコンや熱処理により黒鉛化(高炭素の白銑中の炭素成分を析出させ、パーライト+黒鉛の2相組織にすること)により靭性を改善した鋳鉄が独自に発達したようである。

4.日本刀
 刀剣で両刃のものを剣、片刃のものを刀という。一般の日本刀は片刃である。
 伝統的な日本刀は、たたら製鉄による玉鋼(たまはがね)を原料に製造する。玉鋼はヒッタイトの製鉄に近く、粘土の炉中で砂鉄と木炭を原料に製造され、比較的低温での還元のため、PやSが低い玉鋼が得られる。「ふいご」も用いられ融点の低い銑鉄を同時に製造し、これは鋳鉄鋳物に利用された。
 玉鋼は刀鍛冶により、ハンマーにより熱間鍛造される。高温に加熱し、繰り返し伸ばして、折り返して重ねて鍛接することにより、均一な組成を得る。同時に高炭素で融点の低い部分や、融点以下となった酸化物は火花となって玉鋼から排出される。
 共に玉鋼を原料とするが、炭素量が比較的低くアルファ相中心の芯金の部分と、それを包み込む炭素量が高い皮金のサンドイッチ構造が日本刀の特徴の一つである。一種のクラッド鋼でこれが切れ味の良さと折れにくさを合わせ持つ日本刀を実現する。
刀鍛冶による鍛造でほぼ刀の形状に整え、粗研磨した後に焼き入れが行われる。この時日本刀の外観状の特筆される特徴である波状の刃文が形成される。焼き入れ前に刃文に沿って刃の部分を残し「焼き刃土」を塗る。「土置き」と呼ばれる。その後オーステナイト状態まで加熱し、水冷することで焼き入れされる。「土置き」により刃の部分と「土置き」部分の冷却スピードが変わり、焼きの入り方がコントロールされる。
 刃の部分はマルテンサイト変態により、Hv500以上の硬い構造となる。芯金部分はフェライト相中心で強靭さを保ち、刃文近くはトルースタイト相となっている。マルテンサイト変態による体積膨張により、日本刀特有の反りも形成される。仕上げの研磨により日本刀特有の美しい刃文が浮き出る。

 現在切削工具に使われる超硬合金は、硬いW C相とベースとなるCo相の組み合わせである。ダマスカスの鋼も日本刀も超硬合金も、硬い相と粘い相の組み合わせであることは興味深い。

2022年12月1日
著 者:平野 淳(ひらの あつし)
出身企業:三菱マテリアル株式会社
略歴:中央研究所研究員、工場生産管理部長、海外製造子会社社長等
専門分野:チタン合金、ニッケル合金、コバルト合金、銅合金、鋳鉄等の合金製造、鍛造、圧延、溶接、鋳造

参考資料:
1)Forbes India Blogs Gopi Katragadda The Mystery of Damascus Sword and India’s Heritage
2)「鉄」のつぶやき 飯田 雅   IHI技報 Vol.51 No.2(2011)
3)図解入門よくわかる最新表面熱処理の基本と仕組み 田中和明
4)和鋼博物館Webサイト 日本刀
5)足田輝雄 日本刀の材質と焼入れの研究 1967 日本刀の刀身構造 日本刀考 Webサイト


*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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