水の中でも強力な接着力を発揮する接着剤を開発した。
【本技術の概要】
東京大学大学院工学系研究科の江島広貴准教授らのグループは、水中でも接着強度10MPaを超える超高強度水中接着剤の開発に成功した。一般的な接着剤は、水中で接着強度が大幅に低下することは良く知られている。この原因の一つは、被着体表面の水和水が接着剤と被着体間の相互作用を阻害するためと考えられていた。本接着剤は、海辺の磯場の岩にくっついている海洋生物であるムラサキイガイ(ムール貝)の接着機構にヒントを得て開発した。
【これまでの経緯】
接着剤は合成高分子で構成されその接着のメカニズムは、液体の状態で被着体に塗布され表面に広がり(濡れ)、接着剤がナノスケールの凹凸に入り込み固化することで機械的な接合をする(アンカー効果)。また、被着体表面と接着剤が分子レベルで近接することで分子間力が生じて接着する。一方、水中での接着の場合、被着体表面は接着剤と接するよりも水に覆われている方が界面自由エネルギー的に安定な場合が多く、水中では接着剤が被着体表面に十分に濡れ広がらず、接着力は弱まってしまう。
しかし、海洋生物であるムラサキイガイが岩に強固に固着しているのは、接着部である足糸先端部に接着効果の強いDOPAと呼ばれるタンパク質により岩に強固に固着していることが見出された。DOPAはベンゼン環上に2個の水酸基をもつ化合物であることが分かった。このことから、2017年に米国の研究グループは、ポリスチレン骨格に2個の水酸基を導入すると、さらに優れた水中接着剤になることを報告した(ACS Appl. Mater. Interfaces, 2017, 9, 7866–7872)。
【今回の研究成果】
今回の研究では、さらに多くのフェノール性水酸基(4個および5個)を導入した高分子を合成することに世界で初めて成功した(図1)。高分子側鎖の分子構造を併せて最適化することでこれまで以上の水中接着強度10 MPa以上を達成した。この接着強度は、わずか1cm四方の接着面積で約100kgの重りをもち上げることに相当する。フェノール性水酸基数が増えるほど基材表面への吸着に有利になることが示唆された。一方、フェノール性水酸基数が増えると高分子鎖はより親水性をもち、水中で膨潤や溶解が起こると水中接着強度は大幅に低下する。そのため、水中接着剤は疎水性であることが必要となる。高分子材料の疎水性を保ちながら、界面への接着に寄与するフェノール性水酸基をできるだけ多く導入する手段を検討した結果、一つのスチレンユニット上に4個および5個という多数のフェノール性水酸基をもつモノマーを新たに設計・合成し、疎水性モノマーと共重合することで、疎水性を損なうことなく、多数のフェノール性水酸基を高分子鎖上に導入することが可能となり、今回の成果につながった。
【本技術の技術開発・応用展開】
本接着剤は湿潤環境下で強い接着力を発揮するため、手術用接着剤への応用が期待される。また、河川や海での工事への活用も考えられる。
同研究グループは、自然から学ぶべきことはまだまだたくさんあることが予想されるとして、今後もバイオミメティクスに基づく材料工学研究を推進する方針である。
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