有望技術紹介

84 自己修復樹脂ガラス

東京大学大学院
堅い材料で自己修復する画期的な材料として、新たな樹脂ガラスを開発した。

【本技術の概要】

 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の相田卓三教授と柳沢佑研究員らの研究グループは、自己修復機能を備えた樹脂ガラス(ポリエーテルチオ尿素)を開発した。これまで、ゴムなどの柔らかい材料が室温で自己修復する例は多々報告されていたが、力学的に堅牢な樹脂ガラス(アクリル樹脂やポリカーボネートなどの透明で堅いプラスチック)は高温で加熱・溶融しない限り修復できないと考えられていた。ところが、ポリエーテルチオ尿素はペットボトルの蓋などに用いられているポリプロピレンに匹敵する堅さを持ちながらも、割れたりひびが入ったりして生じる破断面同士を室温で1時間ほど押し付けておくと元の力学強度まで完全に回復する。
 自己修復樹脂ガラスは「壊れても容易に修復でき、捨てるどころかリサイクルを考える必要すらないプラスチック」として活躍することが期待される。

【本技術の原理と特徴】

 ポリエーテルチオ尿素はチオ尿素ユニットとエーテルリンカー からなる(図 1)。自己修復の様子を写真 1 右側に示す。2 つに 破断した樹脂ガラスの破断面を 20 秒ほど互いに圧着させておくと、破断面が一体化する。

 ゴムや樹脂ガラスといった高分子材料は無数の鎖が絡み合うことで構成されている。一般的に、この鎖が短くて絡み合いが少ないほど材料は柔らかく、逆に鎖が長くて絡み合いが多いほど材料は強くなる。ポリエーテルチオ尿素は高分子材料の中ではかなり鎖が短く、その堅さの由来は鎖の絡み合い以外の要素に起因する。それは、鎖と鎖の間に高密度に形成されている水素結合である。一つ一つの水素結合は決して強くないが、それらが高密度だと材料の力学強度は格段に大きくなる。しかし、同時に結晶化を起こしやすくなる。結晶になるとポリマーは脆くなる。実際に、チオ尿素ユニットの代わりに尿素ユニットを持つポリエーテル尿素は、尿素ユニット間に形成される水素結合が規則正しい線形であるために結晶として得られ脆い。

 一方、チオ尿素ユニット間に形成される水素結合は不規則な非線形となり、それが高密度に存在してもポリマーの結晶化を誘起しない(図2)。これがポリエーテルチオ尿素の特徴である。チオ尿素はこれまで材料科学の分野で注目されたことがなかったが、このように著しい特色を有することが判明した。

【ポリエーテルチオ尿素の特徴】

ポリエーテルチオ尿素は以下の 3 つの大きな特徴を持つ

1.ポリエーテルチオ尿素は短いポリマー鎖で構成されているが、ポリマー鎖間に高密度な水素結合が存在するため大きな力学強度を有する。
2.一般的に高密度な水素結合は材料を結晶化させ脆くするが、チオ尿素ユニットの形成する水素結合は不規則であるため、ポリエーテルチオ尿素は結晶化せずに堅牢なままでいられる。
3.ポリマー鎖の運動が凍結している堅牢な樹脂は加熱・溶融しないと修復しないと考えられてき たが、水素結合したチオ尿素ペアの交換によってポリマー鎖が相互貫入することで、ポリエーテルチオ尿素は室温で自己修復することができる。

【本技術の技術開発・事業展開】

力学強度が汎用プラスチックに匹敵する自己修復樹脂ガラスは「壊れても容易に修復でき、捨てるどころかリサイクルを考える必要すらないプラスチック」として活躍することが期待される。ポリエーテルチオ尿素をそのまま使うだけでなく、自己修復しない既存の樹脂にポリエーテルチオ尿素を混合することで、それらの性質を損なわないまま自己修復能を付与できる可能性がある。

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