IBLC Insights

第三回 <新規テーマの創出について>      

新田:
今回は、「新規テーマの創出について」ですが、一般的には顧客や営業の要望に応じて開発することが多いです。しかし、そうすると既存の枠内にとどまり、開発しても利益率はあまり変わりません。一方で、日米の比較を見ても、新しいビジネスモデルやプラットフォームを作ることで、より高い利益率を生み出している事例があります。では、企業が日々の事業運営の中で、どうすれば革新的な研究開発テーマを生み出し、高い利益率を目指せるのか、ということが大きな課題です。

国居:
先ほど堤さんや小島さんが話された内容で、特に市場に対してイニシアチブを取る企業の話がありましたよね。例えば、テスラがいい例だと思います。先に優れた製品を出して、その後でビジネスモデルを構築し、市場を握る。それに他の企業が追随するという形です。一方で、全ての企業がそのようなやり方を取るわけではなく、例えば三菱のように、言われたものをきちんと作ることで利益は少なくとも確実に対応していく企業もあります。経営の考え方は企業ごとに異なりますが、その違いが結果的にどう市場に影響を与えるか、という点が興味深いですね。

堤:
三菱電機のような企業には、二つの側面があります。一つは、顧客に言われたものを確実に供給すること。例えば、光通信のデバイスなどは主要顧客に向けて性能やコストで勝負しています。しかし、もう一つの側面はリーディングカンパニーとして、世の中に必要不可欠なものを提供することです。たとえばエアコンはその一例で、温暖化の影響でどんどん需要が増えています。競争相手はいますが、リーダーシップを持って進めていくべき仕事です。
逆に、洗濯機やテレビの分野からは撤退しました。なぜかと言えば、例えば洗濯機は必要かというより、汚れたものを綺麗にする方法があればそれでいい、つまりモノではなくコトが重要だという考え方です。同じように、都会ではコンビニが24時間営業しているので、冷蔵庫も不要かもしれませんが、エアコンに代わるものは存在しません。だからこそエアコンのような商品で、リーディングカンパニーとして進むべきだと考えています。

小島:
新しいテーマをどうやって持ってくるかというのには、内からか外からか、両方のアプローチがありますよね。ベーシックなものは十分やってきている。これからは企業の新たな柱になるような、今までにないものを、どう持ってくるかが課題です。いろいろ試しましたが、正直難しくてうまくいかなかったことも多いです。研究者から提案が上がってくるものもありますが、彼らを主役にして進め、最終的に価値があるかどうかを判断するのが難しいところでした。

渡利:
テストテーマが失敗すると、研究者はその後数年間、何もできなくなることがあります。これは研究者の運命を左右する大きな問題です。私がアメリカにいたときは、テーマの選定に10ヶ月ほどかけ、最後の2ヶ月で実験をして結果を出していました。アメリカの大学はゆったりしている部分がありますが、テーマ選定には多くの時間を割いていました。日本の場合、実験装置がすぐ手元にあるため、すぐに着手できるのが一般的です。しかし、上司からのプレッシャーも強く、実験しないと評価されない文化があります。そのため、テーマの選定にもっと時間をかけるべきだと感じますし、戦略のブラッシュアップも企業ごとに温度差があると感じます。

小島:
それが重要だと思います。どういうテーマを選ぶかに、すごく時間をかけますが、非常に重要なことです。

渡辺:
私たちデンカでは、基本的にニーズ研究を中心に進めてきました。新しいシード研究はほとんど行わず、マーケットの動向を見ながら、そのニーズに合った材料を開発していくというスタイルです。例えば、今後のロードマップを逆算して、必要なタイミングで製品開発を行い、そのためのターゲットを設定しています。我々の技術力でそれを実現できるかを判断し、他社のリソースも活用して進めていくやり方は、今後も変わらないと思います。
一方で、海外企業との付き合い方には課題があります。例えば、AppleやSamsungといった企業とのやり取りでは、日本企業と同じような将来を見据えた共同開発が難しいことが多いです。特にAppleとの付き合いでは、具体的な将来の方向性がはっきりしないまま話が進むことが多く、研究開発の不透明さが増していると感じます。このような状況は、海外企業との関係でも多く見られるようになっています。

国居:
テーマの選び方だけではなく、いかにしてテーマを出すか、その環境づくりが非常に重要だと思っています。大手の飲料メーカーで話を聞いたのですが、テーマを数多く出させることが最も大事だと言っていました。多くの企業はテーマの質を重視しますが、数を出すことで、その中から良いテーマが生まれてくるという考え方です。
さらに、人材の生かし方や選び方も関係してきます。人材を最大限に生かすためには、アイディアを発想させ、それを評価して成果を求める環境が必要です。組織も個人も硬直化しないように、交流や流動性を保つことが大切です。経営側が柔軟なチーム編成を行い、情報を取り入れることで、モチベーションが上がり、やりがいにつながります。これがテーマを出す際の重要なポイントだと思います。

小島:
おっしゃる通り、モチベーションを持ってテーマに取り組むことが重要ですが、一方で企業としては開発スケジュールもこなさなければなりません。5年や10年かけたテーマが結果的にうまくいかなかった場合、成果が出ないこともあります。とはいえ、私は両方やらせたいんです。片方が失敗しても構いません。その失敗が次に繋がることが大切だと思っています。
実際に以前、営業も加えて同じテーマで進めたことがありました。結果として成果が出なかったとしても、その経験が次のプロジェクトに活かされることがありました。こうした仕組み作りや、失敗から次に繋げるプロセスが企業には必要だと思います。

堤:
渡利さんがおっしゃったように、アカデミックな場や国の研究機関では、時間をかけるべきだという意見に私も賛成です。しかし、産業界から見ると、根本になるのはやはり事業戦略です。しっかりとした事業戦略が立てられれば、次に重要なのは知財戦略や標準化戦略をどう組み立てるか。これらが決まれば、最後に開発戦略を進めるのは当然の流れです。
私が経験してきた電気機器の分野では、この流れがしっかりしていることが重要で、産業界としてはシーズ研究のような曖昧なものがあってはならないと考えています。たまたまそういった研究が進んだ例もあるかもしれませんが、民間企業としては計画的であることが不可欠です。

小島:
本当にその通りなんですが、どこに使えるかというニーズをきちんと持ってきた上でのシーズでないといけないと思います。単にニーズ対応だけだと、結局どちらが先かという話になりますよね。シーズとニーズのバランスをどう取るかが、最終的に成功のカギだと思います。

堤:
僕の持論としては、必ず事業戦略がベースにあって、そこからしか新しいテーマは出てこないと思います。ニーズやシーズの話はありますが、最終的には事業戦略がしっかりしていないと、どちらも意味をなさない。しっかりした戦略があれば、自然と必要なものが浮かび上がってくるんです。

渡邉:
そこに繋げるための提案として、先駆者からの知恵や考え方を活かすことも非常に重要だと思います。若い研究者に対しても、そうした知恵を与えて、中身について刺激を与え、アイデアを広げる方向に導くことが大事です。これは育成の一環としても重要で、次の世代に継承されるべき部分です。

渡利:
おっしゃる通り、事業戦略のクオリティを上げない限り、研究がいくら進んでも企業の発展は難しいですね。事業戦略を作る人たちは、事業そのものを深く考える必要があり、そこで企業の将来が決まります。では、事業戦略を立てるために、どのような機能や人材が必要かというと、まずは市場分析の力を持った人、そして長期的なビジョンを持っているリーダーが不可欠だと思います。

堤:
まさに自分たちの事業をどう発展させていくかを考える際、自分たちの持っている資源やこれから想定される市場をしっかりと見据えるべきだと思います。未来を見据えて、そこから逆算する、いわゆるバックキャストのアプローチが重要です。例えば、10年後の市場がどうなっているか、特にIT分野では予測が難しい部分もありますが、少なくともハードウェアに関しては、こうなるだろうと描ける部分があります。そこから逆算して、今やるべきことを明確にし、事業戦略を立てるべきだと考えています。

渡邉:
成長戦略をしっかりとデザインできる事業戦略でなければいけないし、日本企業が成長戦略を立てられるかどうかという疑問が浮かびます。成長戦略を構築するには、ただの事業計画ではなく、未来を見据えた長期的なビジョンが必要です。

小島:
事業戦略を立てる際、まずはターゲットがありますよね。お客様がどこに向かっているのかを見据えて、10年後を考え、そこからバックキャストする必要があります。もし10年後の世界が今と違うとしたら、どの部分に目をつけるべきかという話になります。これには、今まで事業に携わってきた人たちだけでなく、研究者や場合によっては製造部門の人たちも含め、幅広い視点が必要です。皆が協力し、未来を見据えた戦略を作っていくことが重要です。

渡利:
それができるのであれば、もっと日本の会社は伸びているはずですね。

堤:
そうおっしゃいますけど、本当に状況が良くなっていないのでしょうか。私が新入社員のころ、中央研究所時代がありまして、隣に座っていた人たちの中には『会社に貢献しなくても、俺はノーベル賞を取るんだ』というような研究者が多くいました。確かに当時は、会社に直接役立っていないと感じることが多かったんです。ですが、今の方が事業に対して役立っている部分が大きいのではないかと思います。よく、過去の取り組みが停滞していたという話が出ますが、本当にそうだったのでしょうか?

渡利:
よく『失われた10年』と言われますよね。それを聞くたびに、技術では十分勝っているのに、そんなことはないだろうと思います。日本の技術力は高く、世界でも十分に競争力があるはずです。問題は、おそらく技術力の高さを事業に結びつける力や、それをどう市場で展開するかにあるのではないでしょうか。技術はあるのに、それを生かしきれていないという部分が『失われた10年』という言葉に繋がっているのかもしれません。

渡邉:
三菱電機さんのように、スペシャルティな分野で活躍している企業はありますが、特に大手の電気メーカーの多くが、半導体産業から撤退してしまった現状があります。これは現実だと思います。それ以外の分野では、三菱電機さんのようにしっかりとしたポジションを保っている企業もありますが、半導体分野で失われた部分は非常に大きいです。批判的に言うと、日本にはもはや世界の半導体産業でリーダーシップを取る企業がないという点が課題です。

国居:
確かに、日本で一番売れているものと言えば自動車が思い浮かびますね。それ以外に、世界で日本のものが売れているのはる、電子部品、特に精密機器関連が挙げられるでしょう。

渡邉:
そうですね、かつては自動車メーカーと電機メーカーが日本の産業を支える双璧だったわけですが、今ではその電機メーカーのピラミッド構造が大きく崩れてしまっているのは事実だと思います。特に、半導体や家電といった分野での後退が目立ちます。一方で、自動車メーカーは依然として強いポジションを維持していますが、電機メーカーの衰退は日本全体の技術力の影響力にも影を落としているように感じます。

堤:
確かに、コモディティ化しているものを日本企業がずっと続けていることが課題だと思います。正直、日本の企業が必ずしもやる必要がない製品でも、まだ続けている部分がありますよね。三菱電機がテレビ事業をやめたのも、ほんの2,3年前です。しかし、私が現役だった頃から、テレビはもはや広告宣伝のためのもので、儲かるものではないと言われていました。でも、ノスタルジーのようなものがあって、なかなか止めたくないというのもあるんです。特に、当時の関係者からはそういう声が強かったですね。

渡邉:
これは三菱電機さんだけの問題ではなく、日本企業全体の課題だと思います。研究開発と市場の変化のスピードにズレがあるんですよね。変化が必要なときに、日本企業はそのスピードが遅く、対応が後手に回ることが多いです。そうすると、利益を維持するための構造が難しくなってしまいます。例えば、シャープさんも『世界の亀山モデル』として一時は世界をリードしていましたが、今の状況は当時からは想像できなかったですね。大阪の堺の工場があのように終わるとは、誰も予想できませんでした。

国居:
今後を見据えて、最後になにか示唆となるようなコメントをお願いします。

渡利:
今日のお話を聞いて、まだ少し頭が整理できていない部分もあるんですが、やはり事業戦略が重要だと改めて感じました。小さなことに囚われるのではなく、大きな事業をどうデザインするか、ということが本当に大切です。そのためには、新しい情報や有益な情報を集め、人とのコミュニケーションをしっかりと構築する体制が必要です。これが企業の事業戦略の核心だと思います。今、日本も変わりつつあり、ジェネラリストが専門家になり、さらに海外からも優れた人材にアクセスできるようになってきています。だからこそ、IBLCさんのような企業は、経営企画の方々に対してもっと多くの相談を受けることで、企業全体の成長に貢献できるのではないかと思います。

国居:
確かに、特に材料メーカーの場合は、職域がはっきりと決まっていないことが多いですね。いろんな要素が絡んでくるので、一概には答えられない部分があります。そうした状況で、どうすれば事業戦略をうまく進めていけるかという課題が残りますね。

小島:
要は、新しいテーマをどうやって探し、どのように事業計画に落とし込むかという話ですよね。そして、それを誰がどのようにやるのかという点が非常に重要です。自前でやるべきなのか、それとも外部の専門家に頼るべきなのか。これまでは、自前で進めることが多かったと思いますが、それでは自社のバイアスがかかりがちです。
特に、社内の人数が限られている場合や、内部の意見が偏ってしまうケースもあります。そうなると、外部の人材や情報を活用し、客観的な視点を取り入れた方が効果的でしょう。ただ、具体的にどのようにそれを実現するのか、外部の人材に頼るのか、コンサルを活用するのか、そこはまだ考えるべき課題ですね。

堤:
材料メーカーの視点で言うと、電機メーカーとしては『ここが欲しい』という材料があっても、量が出ないものや、儲からないものはなかなか取り扱ってもらえないという現実があります。その結果、電気メーカー自身がその材料を自分で開発しなければならない状況が生じてしまいます。これは非常に難しい問題です。創薬の分野でも同じことが起こっています。難病の治療薬が開発できる可能性があっても、市場が小さくて利益が見込めないと製薬会社が手を引くのと同じですね。材料メーカーにも同様の問題があり、簡単に断られてしまうことがあるので、そこを何とか解決できないかと悩んでいます。

渡利:
僕も時々おかしいと思うことがあって、その際に何か準備をお願いすることがありますが、研究者たちが、まるで依頼された内容を準備するためだけにいるような感じがすることがあります。彼らは本来もっと創造的な研究を行うべきなのに、こうした準備作業に追われてしまっているのは残念です。研究者たちは、そういう雑務ではなく、もっと革新的なことに時間を使うべきなんじゃないかと感じます。

堤:
自分たちで『こういうこともできるんじゃないか』と提案することはあっても、材料メーカーになるつもりはないんですよね。それでも、必要に迫られてやらないといけないことがあるのは事実です。
普段資材の担当者と話している人とは別の視点を持った人たちが交流することで、新たなアイディアが生まれることがあります。例えば、材料の新しい使い道を提案できたり、今までにない提供方法が考えられたりするので、そういった機会を増やしていくことが重要だと思います。

国居:
オープンイノベーションの流れで、やっぱり外部の人に来てもらって、実際に見て触れてもらいながらディスカッションを進める、そういった場が大事になっていますよね。そうすることで、社内だけでは出てこないアイディアや、新しい発見が生まれることが期待できます。このような取り組みが進んでいるのは非常に有意義だと思います。異なる視点を持った人たちと直接話すことで、新たな可能性を探れるチャンスが広がりますし、それが次の成長につながる可能性が高いです。

堤:
やるにはやるんですけど、何年か経つとやっぱりマンネリ化してしまうんですよね。『あそこ行ってもあんまり変わってない』と言われたりするんです。それで、また少し刺激を与えてもらえるように、競争力を高める仕組みを考えるのが必要だと思います。材料メーカーに無茶な要求をしても意味がないので、実現可能なものを前提に、アイディアを出していただければいいんじゃないかと感じます。
それに加えて、国の研究機関には、もっとベーシックな研究をやってほしいという思いがあります。国立大学が法人化したことで、企業のように収益を求められる部分が増えたのかもしれませんが、企業とは異なる役割があるはずです。その分野にもっと力を入れてもらえれば、産業全体にも良い影響があるのではないかと思っています。

渡利:
私の立場から見ると、部下たちには特許戦略や国際交流戦略において、まずはしっかりと基盤を整えた上で共同研究を進めるよう指示しています。しかし、どうもその指示がきちんと詳細に伝わっていない部分があるように感じています。特に、戦略の重要性や具体的な進め方が共有されていない可能性があるので、もう一度確認し、しっかりと浸透させる必要があると思っています。

渡邉:
渡利さんが先ほど触れたように、材料メーカーにとって、経済合理性をどう成り立たせるかという点が非常に重要です。私も材料メーカーとして、何度も経済合理性が合わないという理由で断らざるを得なかった経験があります。特に、日本企業がかつての電機メーカーのように凋落しないためには、こうした合理的なデザインをしっかり行い、材料を提供できるようにしていかなければなりません。
現在、中国はR&Dに非常に積極的で、欧米企業も大規模な投資を行っています。例えば、自動車メーカーやBoschといった企業が中国の労働力を活用し、急速に技術を進展させています。中国が自動運転や医薬に対して積極的に取り組んでいるのを見て、私たちはこの競争に負けないための戦略を考えなければならないと感じます。彼らの勢いは強大で、特に優秀な人材を日本から引き抜いているのも現実です。このままだと、5年後、10年後に今の日本の産業が維持できるかは非常に悲観的です。
これからの研究開発は、AIや先端技術を迅速に取り入れ、革新的なアプローチを採用する必要があります。中国や欧米が既にそういった技術を導入している以上、彼らに追いつくだけでなく、さらに速いペースで進めなければ、日本の企業は厳しい立場に置かれるでしょう。
さらに、カーボンニュートラルや環境保護という分野は、ブルーオーシャンとして大きな可能性を秘めています。CO2の削減や回復に向けた取り組みを、日本全体で進めていくことが重要です。特に、半導体産業はこれからも一大産業の柱であり続けるので、その点でも日本企業は積極的に取り組む必要があります。

堤:
確かに、中国とヨーロッパの繋がりはシルクロードの時代から続いている歴史が深いものです。それに比べると、日本と中国の関係は戦後から本格化したもので、その歴史の差は大きく、我々にはなかなか太刀打ちできない部分もあります。ドイツが中国を『ドイツの東海岸』と呼んでいるほど、ドイツと中国の関係は非常に強固です。中国市場に対して、ドイツは非常に強力な影響力を持っており、その局面ではやりたい放題とも言えるような状況です。おっしゃる通り、中国との関係は非常に難しいですし、その歴史的背景を考えると、我々が直面する課題は一層複雑です。

渡邉:
中国のR&D投資額は驚異的で、既にヨーロッパ全体を上回るペースで進んでいます。今やアメリカだけが、中国と肩を並べる規模でR&Dに投資している状況です。これは中国が国家的に技術開発を推進している結果であり、アメリカやヨーロッパが伝統的に強いとされていた分野でも、中国が急速に追いつき、さらには追い越そうとしているのが現実です。この勢いは日本を含めた他国にとって大きな課題となっており、特にR&D分野でどう対抗していくかが重要なポイントになります。

渡利:
おっしゃる通り、中国やアメリカ、ヨーロッパには実証の場が整備されており、それが大きな強みとなっています。実証の場があることで、企業や研究者は実際にリスクを取って挑戦できる環境があり、その結果、技術の進展も早い。実証によって、成功も失敗も経験できることで、次のステップに進むスピードが格段に違います。
一方で、日本は非常に安全な国ですが、そうした安全性が時にリスクを避ける文化にも繋がっており、挑戦をしないまま停滞してしまうことが多いように感じます。リスクを負ってでも実証する場が必要であり、その環境を整備することが、今後日本が国際競争力を高めるための鍵だと思います。

堤:
そうですね、中国で実証実験が行われる際、できるだけ参加することを考えています。実際に現地に行って、一緒に取り組むことで、そこで得られる経験やデータが非常に貴重です。残念ながら、日本ではなかなかこういった大規模な実証実験が行われないため、現地に出向いて参加するのが現実的な方法です。
ただ、もちろん参加には制限があり、十分に自由に動けるわけではありません。特に法規制やデータ共有の問題、現地の商習慣なども考慮しなければなりません。それでも、現地での実証に関わることで、新しい知見を得られるチャンスは大きいと思います。

渡利:
実証がないと技術者や研究者の本気度は違ってきますね。

小島:
おっしゃる通り、今は効率を求められる時代で、特に人材が少なくなっている状況では、ITやAIの活用が不可欠になっています。人間がやらなくてもいい作業は、できるだけ自動化やAIに任せるべきです。しかし、最終的な判断や、方向性を決める部分は人間の役割であり、そのバランスをどう取るかが今後の鍵になるでしょう。
今がまさにその転換期で、うまくバランスを取ることができるかどうかが、企業の将来に大きく影響します。このタイミングで、ITやAIの導入を進めつつ、人間が価値を出せる部分に注力する仕組みを作らないと、将来の競争力が弱まる危険性があります。今こそ、そうした取り組みを進めるべき時期だと思います。

国居:
そうですね、6~7年前くらいに、中国のディスプレイ市場が大きく変わり、勝ち組になった背景には、R&D投資の積極的な流入があったと思います。海外からの資金も含め、非常に早い段階で市場にアプローチし、主力の材料や技術が揃ったことで、競争力を一気に高めました。
また、中国の市場はとにかくスピード重視で、次々に製品を投入しています。たとえ製品が1年で壊れたとしても、すぐに新しいものが出て、ユーザーもそれに慣れて買い替えるというサイクルが出来上がっているのが特徴です。それに対して、日本は手堅い進め方をしており、製品の品質には自信がありますが、市場のスピードに対応する部分では遅れを取っているところがありますね。両者のアプローチの違いが、競争力に大きな影響を与えていると感じます。

渡邉:
おっしゃる通り、現実的に考えると、中国のスピードや資金力に正面から対抗するのは非常に難しい部分があります。しかし、その中でも、ニッチな分野に目を向ければ、勝てるチャンスがあるかもしれません。そういうところにフォーカスして戦略を立てることが重要です。しかし、従来の分野で戦おうとしても、既に市場は固まっており、デザインも競争力も持てない分野が多いのが現状です。
そこで、新しい分野で努力してみましょう。その一つが、カーボンニュートラルです。これは、環境保護という大義名分もあり、今後ますます注目される分野です。日本の企業が技術力を活かしてこの分野に取り組めば、新しい成長のチャンスを掴むことができるのではないでしょうか。

国居:
1999年に、この会社を産学連携を推進するために設立しました。それ以前から、技術立国という言葉がよく使われていましたが、1999年に『科学技術創造立国』という表現に変わりました。日本は資源が乏しく、唯一の強みはやはり人材だと思います。人材が技術の源泉であり、日本にとっての資産です。R&Dの強さもここにありますが、今、その強さが薄れてしまった状況で、今後どうなるのかという点が問われています。
日本がGDPで世界第4位を維持していることもありますが、それを支える研究開発はもっと強化されなければならないと思います。今回、こうした議論をいただいたことで、新しいヒントが得られた部分もありましたが、これからさらに次のテーマや目標を考えていく必要があると感じています。新田さん、どう思われますか?

新田:
事業戦略の重要性について、そして具体的な領域としてカーボンニュートラルなどを議論していただきましたが、これらのテーマは非常に重要で、しっかりと整理していく必要があります。今後、これらの議論をまとめ上げ、それぞれのテーマに基づいて戦略を立てていくことができれば、実現可能な施策として具体化できるのではないかと思います。
特に、事業戦略においては長期的な視点でどの領域に注力すべきかを考える必要があり、今回の議論を土台に、次のステップに進めるヒントが得られたと感じます。それを具体的なアクションプランに落とし込むことが、今後の課題となるでしょう。

国居:
最後に新井さん、ソニー出身として一言お願いします。

新井:
この流れとは異なる話で参考になるかわかりませんが。私が在籍していた当時からソニーは他の会社とは違うと常々感じていました。社内でよく言われていたのは『他人がやったことはやるな』ということです。そのようなカルチャーで育ってきたので、一匹狼が多い会社でした。逆に言うと、社内がまとまらず、技術者が各々異なるアプローチで開発を進めていました。そのため、閉塞感やモノトーンといったものとは無縁の会社でしたね。
当時は、大きな事業戦略の軸はテレビやゲームといったエンターテインメントにありました。会社として何ができるかをエンターテインメントを中心に考え、その実現のために新しい部品、材料の技術開発をするという考え方です。そういうバーティカルな内製の体質がソニーの強さの一つだったと思います。
また、井深さん、盛田さん、大賀さんといった創業者たちが研究所のイベントにも来て、声をかけてくれたことが、研究者たちのモチベーションを高めてくれたと思います。

関連記事

TOP