有望技術紹介

94 貴金属の合金化による高性能の新触媒材料

京都大学大学院理学研究科:
貴金属8元素の合金化に世界で初めて成功した。各元素の電子状態が大きく変わることで全く新しい性質を持ち、水電解の陰極(還元)反応である水素発生反応電極触媒として市販の白金の約10倍以上の高い活性を示した。

【本技術の概要】

 京都大学大学院理学研究科 北川宏教授 らの共同研究グループは、貴金属元素である(金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os))を原子レベルで均一に混ぜ合わせたナノメートルサイズの合金(ナノ合金)の開発に世界で初めて成功した。今回開発した貴金属8元素合金は、水電解の陰極(還元)反応である水素発生反応電極触媒として、市販のPt 触媒と比較し10倍以上も高い活性を示した。 
 従来、金、銀、オスミウムなどの元素は、水素発生反応触媒として機能しないと考えられていたが、それらの元素を加え大幅に触媒活性が向上した。このことは、多元素が原子レベルで混合したことで、不活性な元素が反応を促進する電子状態を持つ原子へ、あるいは活性な元素がさらに高活性な原子へと、新しく生まれ変わったためと考えられた。この結果は、従来の金属触媒では達成できなかった反応に対しても、多元素からなるナノ合金触媒が高活性をもつ可能性を示した。

【基本的な考え方】

 触媒反応は、金属表面に吸着した分子や中間体が他の原子と結合し、結合が開裂することで進む。そのため反応に関与する分子や中間体に、最適な吸着エネルギーを与える触媒が高活性を示す。数個の分子や電子・プロトン(陽子)しか関与しない単純な反応の場合、反応律速段階に関与する分子や中間体は限られるため、それらに最適な吸着エネルギーを与えることで、単金属や2元系合金触媒で十分に反応は促進された。しかし、多数の分子や中間体、電子・プロトンが関与する複雑な反応では、吸着・解離・結合などの様々な中間状態を経由するため、多種多様な分子・中間体に対して同時に最適な吸着エネルギーを与える触媒が高活性となる可能性があると考え、表面に多彩な吸着サイトを与える多元素からなるハイエントロピー合金に着目した。この合金は、従来の合金に比べて多種の原子が結晶格子内の原子位置において乱雑に配置されるため(配置のエントロピーが大きい)、機械的特性や耐熱性に優れ、高い耐腐食性を示すと考えた。

【本技術の詳細】

 貴金属8元素ナノ合金は、非平衡化学的還元法により合成したもので、同研究グループはこの合成方法を用い、従来バルクでは混ざらないと考えられてきた金属の組み合わせを中心に原子レベルで混ざった(固溶体)ナノ合金を開発してきた実績がある。これらと類似の手法を用いて、世界で初めての貴金属8元素ナノ合金の作製に成功した。
具体的には、各金属イオン溶液を加熱された還元剤溶液に滴下し、非平衡状態で8種の金属イオンを瞬間的に還元した。この還元により生成した各原子が溶液内で凝集する過程を保護剤で抑制し、ナノサイズの合金を合成した。
 今回8種の貴金属元素が原子レベルで混合するため、原子配置のパターンは粒子を構成する原子数よりもずっと多くなる。そのため、粒子内の各原子はそれぞれ異なる環境となり、一つ一つが違う電子状態を取ることがわかった。つまり、貴金属8元素合金の各原子は、多元素の混合により、我々が通常考える元素固有の特性(電子状態)をもつのではなく、それぞれが全く新しい個性を有する別の原子として生まれ変わったと考えられた。
 水素発生反応触媒活性は、貴金属8元素合金触媒は同様の条件下で、水素発生反応において基準とされている市販のPt電極に比べ10倍以上も高い活性を示すことが明らかとなった(図参照)。今回は単独では水素発生反応に不活性な金、銀、オスミウムをこの5元素に加えたにも関わらず、その活性が4倍以上になることがわかった。これは、第一原理計算で示されたように、多元素化によって、不活性だった元素の特性が変化し、活性だった元素がさらに高活性になった結果と考えられた。

【今後の予定と課題】

 今回の成果から貴金属を自在に制御することにより、少数の優れた元素に依存する材料開発ではなく、多種多様な元素の組み合わせを選択することが可能になると期待される。しかし、ハイエントロピー合金は構成元素が多く、その複雑さから、実験のみで全ての組成を網羅することが困難であり、効率的な理論的手法や適切な構造モデルの確立、触媒反応メカニズムの解明および、触媒デザインの成熟などが必要となる。
 熱的および化学的安定性と、多種の元素が織成す多彩な表面構造をもつハイエントロピー合金は、従来の金属触媒では達成されなかった複雑な高難度触媒反応において、高活性と高耐久性を兼ね備える夢の触媒となる可能性を秘めている。たとえば、低温で高活性を示す排ガス浄化触媒、耐硫黄被毒特性を有するメタン酸化触媒、高活性・高耐久性を有する水解触媒に加え、プラスチックをモノマーへと分解して現在世界的に問題となっている海洋プラスチックごみの削減に資する触媒や、多段階で行わざるを得ない酸化と還元を伴う物質変換反応を一段階で行う省エネルギー触媒など、これまで実現不可能とも思えていた反応が達成される可能性がある。現在、京都大学はこれら成果を広く社会に提供することを目的に、(株)フルヤ金属と協働して安定量産化やエンドユーザー向けの試料提供を進めている。

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