IBLC Insights

第四回 <研究成果をいかに事業につなげていくか> _後編     

「研究成果をいかに事業化へつなげるか」をテーマにした座談会の後半です。
前半では、多彩なバックグラウンドを持つ参加者が集い、技術や市場の目利き、事業化を進める際のスピード感、さらに研究開発と事業部門の役割について活発に意見が交わされました。議論の中では、顧客の隠れた課題をいかに見極めるかが大切であることが浮き彫りになり、企業内部の信頼関係が連携を生む土台となるという見解も共有されました。

国居:
今までの議論の中で、特に今回のテーマを踏まえて、新井さんが感じたことはなんでしょうか?

新井:
川上から川下を見たときに遠くが見えないことが一番の問題だと思います。ソニーのようにコンシューマに近いところは、製品がイメージされて、自分が欲しいかどうかという判断ができると思います。ではもうちょっと川上から川の中流の水を見たときも同じことではないかと思います。相手方やその先のユーザである企業の立場にたって、使ってくれるかな、という視点が同じようにいるのではないでしょうか。やはり視野を広く見なければいけないんじゃないかと思います。難しいことですけどね。
それから、判断基準を各社それぞれお持ちで、議論すると〇×△いろいろ混じってすぐに結論は出ないと思いますが、それでも最後に決断するのは人なんですね。多数決ではないと思います。さっき言われたように、思い入れの強いリーダーとそれを支援してくれる社内トップの人がいて、その2人が決断できれば物事が動くのではないでしょうか。その判断が間違ったとすると、その人がそこにいるのが間違いであって、そういうふうに人に依存するのが大きいのではないかと思います。

国居:
それはこれから先も一緒ですか?

新井:
それはそうでしょうね。不確定要素は常にあって、確定していれば誰でもできるわけですが、そこを判断するのが人だと思います。

笠井:
会社によるカルチャーというものがあって、これが曲者で、これが意外と阻害するんですね。事業部長をやっていて、新しい事業がうまくいくには4つのポイントがあると思っていました。①市場性には継続性や将来性などいろいろな要素がありますが、まず市場性が絶対的な必要条件です。②それから、差別性・優位性で、数社あったら必ずトップになること。③収益性、これは慈善事業ではないので当たり前で、どんなことがあっても確保しなければなりません。④が適社性です。AGCは120年の歴史があり、日立化成やソニーもそうでしょうが、必ずカルチャーというものがあって、それに適さない製品や技術は社内で認めてもらえず、パトロンがつきません。ということは、その会社ではうまく行かず、事業化ができないことになります。死の谷を超えて、いいぞとなって、お客もついてくるんだけど、ダーウィンの海が渡れない。20億30億の投資をかけて量産ベースまで行くことができない。適社性がなくて、カルチャーに合わないじゃないかということで全員が歓迎はしてくれない。例えば、AGCのような会社だとB2Cはものすごく苦手で、そういう方に行くような製品は、「これうちでできるのか?」という反応になってしまいます。例えばスマートフォンでは、カバーグラスだけやっていればいいんですが、モジュールになると、「部品なんかできないんじゃない」ということになってしまいます。適社性が無い。やりたい本人達は、ちょっと幅を広げて表面処理をしてこうすればモジュールも行けますよ、という提案を盛んにしてくるんですが、適社性が無いということで投資をしてもらえず、「やめろ」ということになってしまいます。最近で顕著な例は、防衛産業です。今、防衛で三菱重工や川崎重工は潤っている、レーダーの材料をもっているんだからAGCも積極的に行けばいいじゃないか、と事業部は言うんですが、CSR部門とかリーガル部門が色々制約をかけてくる。だけど他の会社はやっているわけです。事業部から見ると、適社性というのは曲者で、コーポレートカルチャーに阻まれて行けない。それは今後も変わらないと思います。会社の生い立ちとか企業のポジショニングとか、100年間の間に企業に溜まっているものが不思議と作用してしまう。中村さんの日立化成にもあるんじゃないかと思いますよ。

国居:
そういうところをブレークスルーするには、これだけ市場のスピードが速いといかに早くアウトプットを出すかが重要なので、事業共創・アライアンス、他社とどう組むか、バリューチェーンをどう組むかということが、変化を作り出し、成果をつなげていくための一つの必要条件になってくるのではないでしょうか?

笠井:
そうですね、でもアライアンスやコラボレーションというのはなかなかうまくいかなくて、あまりジョイントでうまくいった会社は見ないですね。どっちもどっちでしょうが、エースを出してこない等いろいろあって、それなら分社の方がいいと思います。事業を切り離して分社して独自で立てられるのであれば市場で受けいれられると思います。それには、トップ経営層が、この事業を切って外に出そうと判断できるかどうかが大事です。大手企業でも少しずつ子会社化や社内ベンチャーの動きなどがあり、今後伸びていくのではないかと思います。

国居:
中村さん、こういった戦略上でのアライアンスやコラボレーション、他社とのいわゆる共創型プロジェクトが市場スピードに対してどう展開するかについてはいかがですか?

中村:
そのへんはあると思います。私も、笠井さんのコンペティタである米国R社と10年ぐらい業務提携をしていました。結論として提携は終了しましたが、互いの技術や市場性がわかりました。R社は20%が軍需要路で、アンテナ向け材料が強い会社です。米国企業にとっては20%を軍需産業に貢献することは悪いことでは無く、応接室にミサイルや潜水艦の写真なんかが張ってあります。訪問した私たちは、こんなところに来ちゃってよかったのかな、なんて言っていたんですが、米国T社でもそうでした。私たちは米国産業にこんなに貢献しているんだ、と言うんですが、日本では悪いことになってしまっています。米国では当たり前のことなので、ギャップを感じました。そういう会社と6~7年つきあって最終的にはお互いにうまくいかなくてやめてしまったんですが、アライアンスからはいろいろな刺激を受けました。自分が中心になってアライアンスを3つぐらいやって、メリットはありましたが、最終的な目標であった売り上げ増大がうまくいかず、お互いにやめることもありました。

国居:
さっき笠井さんが言われた、適社性によってチャンスを失ったり先に行けないということはよくあるんですか?

中村:
それはあまり経験ありません。日立グループではやってはいけないものは一つだけあり、口に入れるもの、食べるもの、飲むもの、これは絶対にダメです。野菜作り、健康医療もダメで、日立グループの中ではどこの部門でもやっていません。
実は日立化成が医薬品をやっていた時期があるんです。認可されてモノも売っていましたが、次の製品は、当時日立化成も日立グループで、日立がうんと言わないとダメなので、製品化できないものありました。。特に、やってはいけないのは口に入れるものです。

国居:
ソニーはどうですか?適社性とかアライアンスとか。

中本:
ソニーの適社性は、まず命に係わることは絶対にやるな、ということです。口に入れるものと医療系と軍事関係。車も危ないから絶対ダメだったんですが、今回ホンダさんとアライアンスを組むことになった。何が変わったのか? 変わったようで変わっていないと思います。ソニーは何をやればよいのか、ソニーって何?となったときに、エンタテインメントなんです。日本語でいうと娯楽産業です。戦後復興の為に、国民の安らぎ、メンタルな部分での復興支援をしたかった。その道具としてのテープレコーダーでしたので、いかにもエレクトロニクスの会社と思われていたかもしれませんが、何をやる会社?といったらば、「エンタテインメント」娯楽産業です。皆が気持ちよくなることをやる、という中で、ホンダさんと組んで、車をエンタテインメントの世界にするんだ、と。危ないところは実績が無いからそこはホンダさんと組んで新しい会社を作ってやる、まさにジョイントベンチャーですね。

国居:
なるほど。数々の研究開発テーマと成果がありますが、日の目を見ないものもたくさんあるわけですね。それはあるタイミングや、ある何かのことによって日の目を見なかったんだけれども、後々大きく化ける可能性はもっている。そうして死蔵されたものを掘り起こすようなことはしているんでしょうか?埋もれたままでしょうか?

笠井:
普通は「何をいまさら」となります。やめると言ったものは、製造業ですから設備を除却するし、人も他の部署に配転するので、戻れません。一度やめたテーマで戻ってきた数少ない例では、ハードディスク用のガラス基板がありました。結局、その事業もうまくいかず、2度やめたという黒歴史があります。やはり一回うまくいかなかった事業は難しいのでしょう。

国居:
中村さん、どうですか?

中村:
製品でやめたものをまた製品で復活させるのは難しいんですが、技術は残っているんですよね。製品の技術は残っているので、その技術は継続して使われていくと思います。本当に単独の技術で単独の製品というのはあまりありません。私の考えでは、技術の重なりが機能で、機能イコール製品の特性で、この機能が集まったものが製品です。よく開発目標で、どんな製品を作ります、こんな特性があります、と書かれていますが、この特性は機能が書いてあるだけです。その機能がそれだけで達成するわけではなくて、その裏付けにいろいろな技術があって、一個の機能にいくつかの技術が重なっています。機能が10個あったら、40ぐらいの技術が重なって製品を構成しています。その技術は残るので、また違う展開でその技術が使われていけばいいと思います。そういう意味で残っていると思います。

笠井:
会社の中で知の蓄積がある人が大事ですね。あの時あの事業であの設備であんなことがあったな、と思い出せる人が何人いるかで、また古い引き出しからいろいろ出せるんですが、皆散り散りばらばらになっていますし、若い人は古い知見を持っていず、何をやっていたかという経験がありません。企業においては、技術の蓄積をもっている、引き出しのある人は、本来は大事にしないといけないんですが、実際は、事業とともにダメマークがついて外に出されておしまい、というもったいないことが結構おきていますね。

国居:
それはそのまま埋もれてしまうんですね。そういうとき社内の知的データベースが構築されていて、時々棚卸をしたり、ブラッシュアップして、どこにどういう知識があるかがわかると、プロジェクトを作るときにもまたそれが活かされますね。今はだいぶいろいろな企業が取り組んでいるようですが。

笠井:
AGCでは、自分がやってきた事業を登録して、技術者が何をやってどういう領域でこうだったというデータベースにしています。人事異動のときにそれを見ながら、この人をどうしようとか、一応はやるんですが、活用できていないないと思われます。形をつくって、運用も見かけ上はしているけれども、実際は効果が出ずに、そのうちやらなくなってしまうことが多いです。

国居:
データベースを作ることが目的になってしまうんですね。

中村:
材料メーカはMI(マテリアルズ・インフォマティクス)を活用しようとする動きが強いのではないでしょうか。MIのための深いデータ、いろいろなものが入ったデータを蓄積してMI化までもって行ける会社が、スピード感が一番早くなると思います。まだどの企業も成功しているとは思えないんですが。データをデータ化するところが結構大変で、同じ視点でデータを取っていなくて、Aさん、Bさん、Cさんのデータの取り方が皆違っていたりします。結局つながりがなくて使えないという話になっている場合があるので、そういった視点でのデータ蓄積が必要だと思います。

中本:
ソニーは逆の感じです。やめても根絶やしにしないで、机の下で一人でやる感じになります。会社員なので給料はもらえますから、お金がいっぱいかかると無理なんですが、一人の人件費で済むのならやってもいいじゃん、という感じで、上の人がかばっていると復活したりすることがあります。

笠井:
製品と材料の違いが現れますね。

国居:
むしろ材料の方がアンダーグラウンドでいろいろなことをやっていそうだというか、やれる環境にあるような気がしていましたが?

笠井:
日立化成やAGCは基礎材料なので、ちょこちょことはできないです。材料の場合はデータだけではなくて設備とお金がかかります。ポリマーもビーカーでちょこちょこっとできるものではなくて、反応炉が必要です。

中村:
入社した45年前は、自分で計画を立ててモノを作って、いいモノができて、を何回か繰り返す、そういうことを結構自由にやらせてくれました。今はおそらくそうじゃないような気がします。

中本:
何が違うんですか?

中村:
今は顧客ニーズが決まっていて、期限が決まっていて、それに対してマネジメント側は達成しなくてはならないので「そういう実験だけで大丈夫なのか?」ということになります。私の在籍の途中でも、今から20年ぐらい前から、少し遊びがなくなってきたという感じがしました。

国居:
そこは特にますます問われている問題で、成果の早い事業化が求められ、研究開発としてのミッションが変わっているのだとすると、技術マ-ケティングの仕方も変わるし、市場のニーズの捉え方が非常に難しくなってきていると思います。今までとは違う環境の中で、成果を事業につなげることはますますハードになっていくのでしょうか?

笠井:
先ほど中本さんがおっしゃった、サンプルレベルから量産は、素材産業では特に、ガラッと違います。サンプルのレベルでは非常にいいものができて、お客さんのところへ持って行っておもしろい、ということで数を作ろうとすると、全く違う挙動を示して、スケールアップすると違うものができてしまいます。これがものすごく難しくて、事業化がうまく行かない理由はこの部分です。思ってもみなかった要因が出てきてコスト高になったり、量が作れなくて歩留まりが悪くなったりして、ここで挫折するメーカが結構多く、半分ぐらいあるでしょうか。

中本:
まさにそうでした。ガラスをつける樹脂が黄色くなってしまい、日本のメーカが試作品の結構いいものを入れてくれるんですが、中量試作ぐらいになるとガラッと変わってしまうんです。でも、メーカーさんが頑張ってくれてなんとか量産にこぎつけられました。
話が変わりますが、イメージセンサの開発をした時に、儲かる開発とは何かを考えろと言われた事があります。儲かる開発とは何か?「①売り上げをあげる②コストを下げる③新らしい価値を入れる④旨い売り方を考える」の4テーマに分けて、部の中で泊りがけでブレストをやりました。大したアイディアは出てこなかったですが、その中で一つおもしろかったのが、応用技術部隊を作ろうというアイディアです。
言い方を変えると顧客クレーム対応のコールセンターを作ろうということです。半導体イメージセンサを使ってくれるのは携帯電話メーカーですが、工場は台湾・中国にありますので、まずは中国・台湾に応用技術部隊を作りました。クレームの殆どはイメージセンサーそのものではなく、ズームレンズが動くとノイズが出るからなんとかしてくれ、というような話です。「それはあなたの会社の基板の作り方が悪いからです」と言いたくなりますが、「ノイズが発生するのはイメージセンサだ」と言われて。そこで、顧客クレーム対応を技術開発しようとなりました。ノイズまみれになっているお客様のイメージセンサー搭載基板を借り受け、電磁界解析を行った後に、基板を書き換えて返却するというサービスです。お客様はソニーのイメージセンサを買ってくれているというよりも、ソニーのサービスを買って頂けている事になり、ありがたい事に、イメージセンサーベンダーを変えようとは思わなくなります。そういうふうに、半導体を使ってくれる部隊が何に困っているかを受け取れる体制を作ったのがよかったと思います。

国居:
では最後に一人ずつ、今回は研究開発成果をいかに事業につなげていくかというテーマなので、事業目線から、研究所や研究開発部門に求めるものについて何かメッセージを頂けますか?

中村:
私は研究開発部門を信用していました。いざとなったら助けてもらうことが多かったという印象が強いです。それぐらい信頼関係がお互いにあったと思います。事業部門と研究開発部門が信頼関係をもってつながっていないといけないということだと思います。「こういうものができたけど売れない」ということもあれば、逆に「こういうのが作れないか」とお互いに言える関係を保つべきだと思います。

国居:
信頼関係を築くには何が必要ですか?

中村:
裏切らないこと。人間関係ですから、お互いに逃げない、お互いにきちっとと最後までやる、製品開発をきちっととやり、製品化し、売り込む。私は何十年もそういう関係を作ってやっていたので、その関係の人間とはいまだにたまに遊んでいます。そういう関係を作っておくべきだという気がします。今考えると、お互いに信頼関係があったと思います。まあ、私は信用されていなかったかもしれませんが、少なくとも私は信用していました。

中本:
R&D部門のマネジメントに関してですが、プロダクトアウトとマーケットインの2軸のどちらも大事なので、このテーマはどちらなのかということを整理整頓して取り組んでいただければよいと思います。また、テーマ選定はR&D部隊にお任せで良いと思いますが、「このテーマは、こういう意思をもって、こいつにやらせている」ということを示して頂く事は重要と思います。

笠井:
事業は事業部側にまかせろ、研究開発はとがったところにどんどん行ってくれ、ということが希望です。とがったところにどんどん行ってくれれば、事業部はユーザにそれを持ち込めます。ユーザに対するプレゼンスが上がるからです。やはりメーカは技術が第一ですので、とがったところの腕を磨いてほしいと思います。餅は餅屋で、というのが私のメッセ―ジです。

国居:
要はそういう中での情報の流通というか、先ほどの信頼関係もそうですが、そこの融合がさらに必要になってくるんですね。

笠井:
ユーザと話すのは圧倒的に事業部が多いので、その情報をフィードバックしてあげないといけません。R&Dの人たちはそれを基に技術開発を磨くことが必要です。お互いが変なところで妥協すると中途半端になってしまいます。事業も技術もいまいち、技術のマネジメントはお客のいいなり、というのは最悪のパターンです。事業部とR&Dはそれぞれが磨く部分が違うと思います。今はそれがどこの会社もあいまいになっていると思います。研究員に売って来いなんていうのはおかしいですね。売れるものを作るという視点を磨く為なら理解できますが。

国居:
なるほど、今はあいまいになっているんですね。

笠井:
トップは成果を早く求めたいのだと思います。

国居:
まさにそうだと思います。新井さん、最後にご意見、ご感想をお願いします。

新井:
そうですね、会社のカルチャーというものがあるので、ソニーの真似をすることはできないでしょうね。中に入ってみるとしっちゃかめっちゃかなんですね。なんのルールもなくてこれでよく企業運営できているのかという感じでした。

中村:
ソニーは自分で提案書を作って通ればできるようなやり方という感じを受けたんですが。

新井:
そうですね、そういう仕組みがあるところはありますが、仕組みがなくてもやれます。

国居:
最後に笠井さんがお話しされたことが本質だと思います。成果を早く求めすぎるので、中途半端になっているのではないか、というところですね。そこはそれぞれのミッションの中でしっかり対応して、信頼関係を結べば、後はそこに情報の共有というか流通をしっかりやりながらお互いの中で作り上げていく。それに尽きるという気がします。
今日はありがとうございました。

関連記事

TOP