国居:
今日は事業部出身の皆さんから、事業部目線でお話し頂くという趣旨です。エレクトロニクス分野からソニー出身の中本さん、材料メーカからAGC出身の笠井さんと日立化成出身の中村さんに、いろいろな意見を出して頂きたいと思います。
今回は特に研究開発成果をいかに事業につなげるかに絞ってお話し頂きます。研究開発部門から成果、技術を受け取る事業部側として、受け取る前の段階と、受け取った後に事業部として事業化する2つの段階があると思いますが、その両方について、本音をおききしたいと思います。
国居:
まず、笠井さんから、自己紹介をお願いします。
笠井:
私はAGC出身で、新規事業をずっとやっていました。AGCの材料を使って事業を立ち上げることを基本として、技術のプラットフォームを新規事業につなげる仕事です。入社以来、本流ではないところで、有機・無機分野の両方に亘って、新しい事業を立ち上げてきました。ゼロから立ち上げるものと、ある部分を延ばすものと2つの局面がありますが、その両方を経験しています。
事業のネタがあったものを事業化して量産化するものは、半導体領域が多く、CMP(化学機械研磨)スラリー、合成石英レンズ、EUVマスクブランクスなどを手がけました。ASMLのEUV(極端紫外線リソグラフィ)露光機が伸びていますが、そこのキー材料として採用されています。
中本:
ソニーの半導体に35年勤めました。最初はSUICA/PASMOとして利用されている非接触ICカードFeliCa用の1チップLSIの設計、その後、CMOSイメージセンサのアナログ回路設計を担当しました。ソニー黎明期はエレクトロニクスですが、最近はエンタテインメントの会社に変わってきています。また、特に半導体はお金がかかり、投資し続けなければいけないので右肩上がりの成長が必要です。今後どう事業拡大していくのか考えどころですが、退職していますのでわかりません。
AGCさんもレゾナックさんも素材として半導体開発を支えていらっしゃいますが、私個人は回路設計屋ですので、AGCさんや日立化成さんとは、プロセスR&D部門のメンバーがおつきあいしていたと思います。AGCさんとはシリコンと熱膨張率が同じガラスが欲しいですよね、という話をされているのではないでしょうか。レゾナックさんには、内視鏡カメラのイメージセンサに使う、オートクレーブの熱によって変質や変色をしない透明樹脂の開発をお願いしていたと思います。
中村:
私は日立化成、今はレゾナックですが、開発と事業部に40年いました。
最初の頃はプリント配線板の銅張積層板の開発を中心にやって、途中から事業企画に移り、半導体後工程材料を担当しました。どういう製品を作るか、その製品をどう立ち上げるか、売上げ、特に利益をどう確保するかという視点で仕事をしていました。レゾナック/日立化成で成功した製品が、なぜ成功したかという分析をしたこともありますので、後でお話ししたいと思います。
国居:
オブザーバーとして、ソニー出身の新井さんも自己紹介をお願いします。
新井:
ソニーでは中央研究所で半生を過ごし、その後半生は本社のR&D戦略におりました。研究では、半導体のシリコンの初期プロセスであるイオン注入のアニールが始まった時代で、キープロセスである赤外線アニール方式を発明し、後に発明協会から表彰されたこともあります。その後は化合物半導体研究室でGaAsを中心としたCD用のレーザと、衛星放送が始まって必要になった高周波受信用デバイス、その両方を一緒にやっていたので、プロセスや評価方法を開発していました。コンピュータを使って測定器を動かしたり、プログラムを作るのが好きで、今でも趣味でやっています。
国居:
まず笠井さんから、どうすれば事業化につながるかについてご意見をお願いします。
笠井:
事業部にはあらゆるテーマが持ち込まれますので、どういうネタはダメか、という目利きが必要です。研究者の思い入れが強すぎる技術先行型はうまくいきません。また、「なぜそこに行きたいか」の分析が弱いものもうまく行きません。マクロにはPEST分析つまりポリティクス、エコノミクス、ソサエティ、テクノロジーの観点から世の中にあっているか。個別商品の場合はカスタマ、コンペティタ、カンパニー(自社)の3C分析で「今さらこれか?」になっていないか、ということの分析です。いいネタと悪いネタがあり、絶対的にうまくいかない悪いネタは、オーバーに言えば最初の10分でわかります。いいネタをうまく立ち上げられるかは、事業部側のミッションです。
国居:
ネタの目利きというか、見極め方ですね。中本さん、ここはどうですか?
中本:
あまり目利きという視点で考えたことはありません。ソニーは基本的にはマーケットインです。「こういうエンド商品を作りたい」があり、そのために研究開発があるという流れです。もちろんそうでないものも多くありますが。例えばFELICAは、非接触定期券を作りたいというJRからの投げかけがあって、ソニーとしても「これいいよね、みんな欲しいハズ。絶対やりたい」ということから始まっています。このテーマは、当初、荷物の仕分け用TAGとして直接研究所に持ち込まれ、プロトタイプを作って事業化という段になってある事業部に引き渡されたんですが、うまくいきませんでした。事業化するならもっと煮詰めなければいけないわけですね。未完成の技術を持ってきたといって、事業部は「やーめた」ということになりました。事業として始めて実証実験等もしており、やめることは社会的に問題になりますので、本社経営部門の決済を仰いだ後にやめることになりました。ところが1週間ほどして、当時の大賀社長から電話がかかってきて「始めて2年やそこらでやめるとは何事か、じっくり取り組め!」と。その時すごいと思ったのは、社長が「難しい技術開発だというのは理解できるから事業部門が音を上げたのもわかる。であれば、研究部門が事業化までやれ」と言われたことです。研究部門に直接ビジネスをやれと言うのはかなり非常識な判断だったと思います。でも、大事なのは、その感覚なのではないでしょうか。創業者はご自身が御用聞きをやって歩いたと聞いています。研究部隊がマーケットを見て何が必要とされているかを探る、そうすれば自然と筋の良い技術に収れんされるというようなイメージです。
ガラッと時代が変わって、今の半導体は研究と事業がきっちり分かれています。私は事業部で製品設計と販売を担当していました。イメージセンサのプロセス開発は事業部と独立したR&D部隊が担ってくれているのですが、その人たちを出張に伴って、マーケットを直接みてもらいました。彼らが、お客さんが言っていることを汲んでくれると進みが違います。「客のいうことをきくな、客の悩みをきけ」とよく言われますが、それを研究所の人達にダイレクトにやってもらった方がうまくいくと思っています。
国居:
では中村さん、ネタの良し悪しについてお願いします。
中村:
結果的にネタがよかった、成功したという製品にはポイントが4つあると思います。1つ目は、お客様に価値を提供できた製品かどうかということです。製品によっていろいろな価値があり、例えば、お客様が新製品を作って大幅に売り上げがのびた、お客様が使いやすいことによって問題解決ができた、などです。2つ目は、製品の継続性・持続性があるかどうかで、悪い例はプラズマディスプレイ用の材料です。バーッと広まりましたが、プラズマディスプレイ事業そのものが4~5年でしぼんでしまいました。逆に液晶系は上がっていたんですが、液晶そのものが価格戦争に巻き込まれてしまい、材料も苦しい状況に陥りました。つまり、選んだ事業体が成長性・持続性があるものを選んだかということが非常に重要なポイントになると思います。3つ目は、結果的にその製品が高シェアを維持できるかどうかです。業界で、トップシェアがいいのはもちろんですが、悪くても2位に入っていなければなりません。それが確保できるのは、技術的優位性がある場合、つまり他社が簡単にまねすることができない場合です。こういうものを作ったらいいと思いつくのは、技術レベルが同じぐらいの会社では、ほぼ同じ時期なんです。ですから6か月でも1年でも先に製品開発して市場に出せるかどうかは、根本的に技術力があるかどうかで、そこが重要だと思います。成功した製品はその3つのポイントを押さえていたと思います。
国居:
笠井さんが、研究部門がプレゼンしたときに10分ぐらいで良し悪しがわかるとおっしゃっていましたが、見極め方といいますか、事業目線で見たときの目利きで、これはいいネタだ、これはそうではないというのはだいたいわかるものなんですか?
中村:
目利きは非常に重要ですが、部長以上が何人もいて、全員がいいネタだと思うわけではなく、中にはダメだと思う人もいるので、10分ぐらいで目利きはできますが、その目利きが正しいかどうかはわからないというのが正直なところです。ただ、テーマはいくらでも、たくさんあった方がいい。一時、多産多死ということばがありましたが、よく考えてみると、自分たちで作った製品、事業化した製品もずいぶん死んでいるんですね。失敗した事例も多いんです。「多産多死」と意気込んでやらなくてもどんどん死んでいます。そういうときは、早く次の製品の開発に行く。だから目利きは重要ですが、本当に目利きができているかわわからないというのが実態です。
国居:
つまりたくさんネタは出してこいと。それを事業部が見て、死蔵するものもあるけれども、なんとか次につなげられるようにする、まずは数が重要、ということですか?
中村:
まずは研究レベルでやってみたら、ということです。で、成果があがってきたら事業部が引き取る。ただ先ほどもマーケットインの話がありましたが、もともとこういうものが必要ということで、事業部から依頼するものが多いです。マーケットニーズから見るときに重要なことは、顕在ニーズもそうですが、潜在ニーズが見極められるかどうか、目利きはそこです。潜在ニーズをどう見ているかが重要で、将来2~3年後ではなく、5~10年後に必ず発生する、それを今から手を打っておくかどうかが重要で、この目利きが難しいんです。
国居:
本当はその話に行きたいんですが、もう一つ手前で、中村さんのいた会社はとにかくテーマをたくさん出して、それをどうするか、ということだと思いますが、笠井さんのいた会社では数よりも質を求めるんですか?
笠井:
いや、数も重要です。一時期、全社一丸となって新規ネタを探せということもやりました。その時は各研究室が一年間でテーマ提案をしました。殆どうまくいかないんですが、中にはいいものも含まれています。数も質も大事ですが、まずはネタが無いと、質を高めていく作業ができません。きっかけは技術です。
中本さんのお話と違うと感じたのは、中村さんや私は材料メーカで、プロダクトアウトになりがちです。ソニーやトヨタはマーケットから目線がいきますが、材料メーカは持っている材料を徹底的に深堀りしたり横に広げようとします。即ちプロダクトアウトです。市場がどうとか、アプリケーションがどうとか考えながらやるんですが、発想は自分たちの技術であり、プロダクトアウトなんです。世の中では、技術は市場があるものに対して受け入れられるのであって、突出した技術がどうでというプロダクトアウト的な発想でアプローチすると、必ずうまく行きません。ところが、プロダクトアウトでやったことを持ち込んだお客様の中には、面白いという人が必ずいます。新規ネタで、この技術はおもしろい、この製品はいい、という人がいるので、研究所は「いけるかもしれない」と勘違いして「お客様がおもしろいと言っている」と事業部にもっていくんです。お客様は続けてやらせたいからそう言うんですが、結果的にそれは市場性とは全く別の視点なので、そこは事業部側が目利きしないといけませんし、研究開発の人もある程度そこを見越したうえで開発を進めないといけません。
国居:
そうですね。企業である以上は、目的は事業化なので、プロダクトアウトにしても、市場のニーズをどうとらえるかや、市場ニーズを睨みながらどうやって開発を進めていくべきかが課題ですね。
お客様の要望など、ニーズの捉え方はいろいろありますが、そこはいかがですか?
笠井:
最近研究開発の在り方が変遷しており、昔は基礎研究を重要視していましたが、事業部の方にシフトしてきています。基礎開発よりも売れる商品の開発が重視され、早く結果を出せという要請がありますが、その中で研究所から事業部に人を派遣して、事業部と一緒にマーケティングを行い、またその人たちが研究所に戻るということが行われています。個人的にはそれは望ましい姿ではないと思います。研究所がやるべきことは基礎研究であって、やることが違うでしょ、そんな中途半端なことをやってもうまくいかないでしょ、というのが事業部側の考えです。研究員が中途半端に市場に出て行っても、市場を見ているプロのマーケッタと研究員の役割は違うので、どうやって融合していくかの方が大事で、組織論・運営の話です。大手を含め、そこが間違っている企業が多いですね。研究員がマーケッティングみたいなことをやるのは間違いだと思います。
国居:
市場の顕在ニーズ・潜在ニーズをどうとらえて研究開発部門として進めていくのかについて、笠井さんが一つ指摘をされましたが、同じ材料メーカの中村さんは、市場のニーズの捉え方についてどう感じていますか?
中村:
日立化成は事業部に開発部門があるほか、それとは別に研究開発部門があり、事業部の開発部門から研究開発部門にかなり研究テーマを依頼します。その流れは基本的に全部マーケットインです。市場ニーズを確認したうえで、こういう市場の製品を作ろうというアプローチで、当時の日立化成の研究開発テーマの約70%を占めていました。
この依頼研究とは別に、研究開発部門が基礎研究を含めた新規テーマを自分達でやる、社長決裁で決める「本社研」テーマが約10~20%ぐらいありました。前者は事業部側でマーケットインなのではっきりしています。後者については、研究開発部門が、事業部や営業出身の20~30人ぐらいのマーケティング部門を別にもっており、研究開発部門はここと連携しながら将来テーマを決めていました。確か年間10億円のテーマを10件やれという社長指示が出たときもあり、かなり精力的にやっていました。マーケティングをやってテーマを決めて、研究開発をやっていましたが、結論として、その中から出てきた製品は非常に少なかったという印象です。笠井さんがおっしゃったことと似ているかもしれませんが、事業部の経験が無い人だけでやっていると事業の方向性を見失う場合が多いです。そういうところに事業部の営業の人を人事異動で入れたりもしていましたが、十分ではないところもありました。
私の意見としては、それはそれでよいけれども、本当は基礎的な将来的なところをやる部門があってもいいと思っています。そこが将来的にお金を生みだすところだという気がしており、事業と切り離してもいいと思います。基礎研究部門は必要で、それとは別に少し事業サイドの研究開発をやる部門があるといいと思います。日立化成のようにあまり大きくない会社は、将来的に事業部につなげようというテーマが多いので、最初から市場のニーズを意識してやっています。事業部が入っていればその事業部の意見が入ってきますが、事業領域と事業領域の中間領域や新しい事業領域、例えばシリコンフォトニクスは、事業部の誰も経験がなく、誰がリーダーとなってやっていくかが課題です。既存事業の人はできません。そうなると新しい知識を持った人を外から連れてくるか、自分たちで勉強するかという作業が必要になってきます。半導体周辺は新しい事業領域がどんどんできてくるので、全体を見通せる人たちが必要で、それが事業企画部の仕事だと思います。
国居:
中村さんも笠井さんも基礎的な研究もとても重要であると言われていましたが、中本さんから見て、事業部のニーズに応えるだけでなく、基礎的なところも企業にとって将来のお金を生むのにすごく重要だという点についてはどう思われますか?
中本:
全くそのとおりです。ただ、プレゼンされてもよくわからない、それこそ目利きがきかない領域だと思います。多分大事なのは、あまりお金をかけないこと、組織を大きくしないことだと思います。自分はこれがやりたいんだという人がいたら、「大きなプロジェクトチームを作ってやろう」ではなく、とにかく金をかけず、極端な話、「1人でやってみろ」ということです。情熱のある発案者が熱意をもってやって、いい結果が出て、そのテーマの出口を事業部に持ち掛けつつ、自分でもマーケティングをやりたいという意思の上で、自分の思い通り実現したいという原動力で動くわけです。そうすると、それに賛同する人がパラパラ出てきます。無償でも残業しながら一緒にやるという人たちがでてきて、上からは予算はあまりこないけれども事実上一人ではなく、いろいろな知見を持つ人が集まって、「おもしろいね、やろう!」という風になるのだと思います。
国居:
それでうまくいった事例というのはあるんですか?
中本:
二代目AIBOがそうです。また、FELICAもそうでした。JRはひたすら実験ばかりしているので、半導体事業部内では、いつになったらビジネスになるのか、という空気になっていました。ICの試作費用は頂けますが、量を売ってなんぼの世界ですから、いつまでたっても事業化に進まないと、ついには開発企画が通らなくなって、最後に「おまえ一人でやれ」と言われました。だけど面白かったです、自由にやれますから。そして一緒にやってみたいという有志が社内でいっぱい出てきて、付き合ってくれるんです。半導体は試作流動や論理検証、パターンレイアウト設計、アセンブリなど工程がいろいろあって、僕自身はあるパートしかできないんですが、みんなが手伝ってくれました。現在みなさんが使っているSUICA/PASUMOは有志のボランティアによる産物です。半導体企画会議を通せず(通さず)に開発を進めた事例です。
国居:
笠井さん、どうですか?
笠井:
いやあ、プロジェクトXみたいですね。強い思い。新規事業はネタの良し悪しがベースにありますが、強い思いを持った人がいないと絶対うまく行かない。それと、それを支えるリーダーシップがある事業部があることですね。だけど一番大事なのは、テーマに対する強い思いがあると、必ず共感する人がいるということで、それがうまく社内で事業化する一つのポイントです。あの時やっておいた方がよかったと後悔するテーマもいくらでもあります。そのときのリーダーが強い思いをもっていなかったために途中でギブアップする、というのは枚挙のいとまがありません。やっておけばよかった、もっとこうすればよかった、と後々周りの人が言うテーマは、そのときのリーダーの思いが弱かった。中本さんのように、一人でもやるぞという人がいるのはうまくいきます。もちろんネタがいいこともありますが、強い思いを持つ人は必須条件で、新規事業の鉄則です。題ですね。
国居:
これからの企業がそこをどの程度許容範囲として許せるかだと思いますが、いかがでしょうか?
中本:
いや、お金がかからなければ許されるんではないでしょうか。いきなり大きくして予算をバッとつっこむから成果はどうだ、と言われる。
笠井:
EUVは事業化に25年かかりました。世の中は今2ナノメートルの世代で、25年で200ナノメーターから2ナノメーターにもってきたわけです。その25年の間、ある役員が「これは来る」と思ったので設備投資を続けました。売り上げも無いのに、一台数十億円の製造・検査機械を何台も入れたんです。強い思いを持ったリーダーのほかに、それを支える理解者が社内に必要です。大きなお金をかける判断は、基準が無いとできません。半導体ではITRS(International Technology Roadmap for Semiconductors)やIRDS(IEEE International Roadmap for Devices and Systems)という組織がロードマップを作っていて、そこが世界標準の15年後のロードマップを出しています。15年後はこういう微細化の技術、反射光学とか透過光学とかが出る、ということを担当役員が見ていて、あ、これは来るな、と思うわけですね。社員の言ってくることだけきいているとあてになりませんが、ある程度基準になる情報を集約したうえで、「張ろう」と決断する社内の協力者、パトロンがいる。そういうのがないと200億や300億かけることはなかなかできません。市場の見通しや公けの技術のトレンド情報を、インテルやTSMCから必死に集めたんですね。そして10年後に来そうだ、と皆で判断した。そういうことがないと、どこの企業も、予算をもっていても、どこに張っていいかわからないと思います。
国居:
中村さん、ニーズが多様化する中で、これだけ市場のスピードが速いとどれがこれから来るニーズなのかわかり難いですね。B2Bはお客さんのところへ行けばある程度見えてくる部分があると思いますが、世の中、社会が非常に複雑化、多様化して、何が今後変わってくるのかというところは、材料メーカとしてはどうとらえているんでしょう?
中村:
非常に難しいですね。B2Bの情報を取るのもなかなか難しいです。私たちがつきあっていたのは殆ど半導体メーカですが、次にどういうことをやるか、決して具体的に説明してくれません。漠然と、例えば誘電率が低い方がいい、高速通信になる、ということは言ってくれますが、具体的な誘電率をきくと、自分達で調べろ、と言われます。ですので、漠然とした流れに対して、自分達がこういう製品を作ってきたらどうですか、というプロアクティブな提案を、実際に製品ができる前にしていきます。そうやってどんどん提案して話をしていると、あ、彼らはこういうことを期待しているな、ということがだんだんわかってきます。たぶん彼らも同じように、市場のユーザの流れから、最終ユーザであるCのニーズを感じ取っているのではないかと思います。例えば、半導体メーカの製品を実際に使っているのは、ソニーのパソコンやデータセンターのサーバであり、サーバは最終的には一般のユーザが使うわけで、データセンターが今活況を呈しているのはまさしくそういうところです。そういうつなぎ、つなぎで情報をどうとってくるかが一つです。後は、個人的には「自分はこれを使うかな?」と自分に問うていました。例えば、当時液晶で一番のシャープさんに液晶用材料を売りに行くと、「液晶テレビはすごいんだよ」と盛んに言われるんですが、その時の技術者6人のうち一人しか液晶テレビをもっていなくて、すごいということがわかりませんでした。結局シャープさんの液晶は立ち上がり、その当時、30年ぐらいやられていましたが、最初の10年はまともに立ち上がっていませんでした。そういう意味で、自分たちがこの製品ができたときに嬉しいかな、使いやすいかな、ということをよく思っていました。経験的に自分の立場に置き換えて考える、ということをやっていたと思います。
国居:
今言われた材料メーカとしてどんどん提案していくというのは仮説ですね。その仮説をどんどん市場に当てて反応を見て、社内にフィードバックして、ということをやらなければいけないということですね。このあたりは中本さん、エレクトロニクスメーカ側からするとどうですか?
中本:
そのとおりと思います。材料メーカー各社さんにも同じことを言っています。でも、材料メーカーさんもしっかり勉強なさっていますし、その仮説というか材料メーカーさんが予測することは殆ど正しいと思います。マーケットをよく見ておられるし、誘電率が高いものが必要なものもあれば、低いものが必要なものもあり、そういう事もよくご存じです。原理・原則に従った仮説は正しいものだと思います。
国居:
笠井さん、どうですか?
笠井:
いつも新しいネタ(技術)を考えるときは先々のユーザを読むことが鉄則です。直接のユーザはいろいろなことを教えてくれますが、長期的な解はありません。先の先のユーザのユーザエクスペリエンスや、エンドユーザのニーズと傾向を感じ取るのは難しいです。ソニーさんのような製品の場合はそれができるんですが、材料メーカは先の先のユーザまでたどり着けないんですね。例えば、直接ユーザーである半導体の装置メーカーまではいくのですが、それを使っているアップルやサムスンの話をききにいくとなるとなかなかたどり着かず、先の先のユーザのニーズを探って来いと言われてもできません。そこへいかにチャネルをつくっていくかが事業部側のスキルで、研究開発側はアカデミアなどを使って周辺から情報を取らなければいけません。どのメーカも最終ユーザの動きとニーズを探ろうと必死ですね。直接のお客さんにいいことを言われても、それは信じてはいけないんです。
国居:
その辺は研究開発部門と一緒に取り組むんですか?そこの垣根についてはいかがですか?
笠井:
ユーザは技術に関心が高く、先の先のユーザも将来技術をもっているところとつきあいたいと思っています。それをアピールできるのは研究者ですので、一緒になっていかないといけません。こういう技術をもっていて、こういうところに使えるのではないか、という聞き方をしないと対応してくれません。事業部側だけで行って、直近の技術はこうだとか、どういうニーズがありますか、と聞いてもこじ開けられない。将来のとがった技術を持っている人がエンドユーザに説明し、技術と技術で会話するのが一番話をききやすいパターンです。だから一体になって動かないといけないと思います。
国居:
マーケットインやニーズをどう捉えて研究開発にフィードバックするかという部分は、ネタの良し悪しよりもニーズ、特に潜在ニーズをどう捉えるか、それにどう取り組み、そこから仮説を作って当てていくかということだと思いますが、その部分はネタの良し悪しよりスピード感が重要になって来るのでしょうか?中村さんどうですか?
中村:
スピード感は重要です。ニーズに対して、いつまでにものがほしいというユーザ側の期限があり、そこへ向けていろいろな会社が競合状態になります。いかに早く作るかのスピード感が非常に重要なんですが、だいたい遅れるんですね。予定より早くできることは殆どありません。基本的には、研究開発マネジメントシステムを作って対策をしていました。各社それぞれの方法でやっていますが、スピード感を持つことは重要です。研究開発では意外につまらないミスで遅延することが多いです。材料を発注し忘れて1か月かかるなど、どうしようもないミスもありますが、自分たちで何とかできることで仕事が遅れることはマネジメントできます。一方、せっかくいいものができたとしても、お客様の側でロストすることがあります。お客様もお客様同士で戦っていますので、それでロストするのはどうしようもありません。自分達では予想できませんが、そのお客様を選んだ事業部が悪いと言われたらそのとおりです。その製品が満遍なくいろいろな会社に入っていることが重要で、例えば半導体でいえば、今はA社やN社、当時から、I社の3社すべてに同時に入っていなければいけません。どこか一社に集中してしまうと、そこを取ったはいいけれども次のときにロストすることもあります。。事業部側としては、将来強くなりそうな顧客を選別したときに、必ずここはでてきそうだという事業、会社には必ず入っていく必要があります。
うちが失敗したのはQ社の例で、A社スマートフォン関係半導体メーカーでは殆ど他にやられてしまいました。Q社とS社とM社などの半導体メーカがスマートフォン用の半導体を作っているのですが、そこに満遍なく入っていなければいけなかったのです。Q社をロストしたことは大きく、何年も前の話ですが、10年以上たってもいまだにその影響を受けていました。。事業参入の判断ミスの影響もあったという気がします。
国居:
中本さん、ご意見ありますか?
中本:
お客さんの要望をきくのではなく、何に困っているかを探ることだと思います。個人的にはEV(電気自動車)を買う気がしません。せめてリースと言うか、今風に言えば
サブスクならいい。EVはエレクトロニクス機器の集合と考える事ができます。例えば家のエアコンは10年ぐらいもちますが、それは単品の話です。EVになると、今日はECUが壊れた、明日は充電制御が壊れた、明後日はエアコンが壊れたと次々に壊れていくことになってしまうのではないでしょうか。EVだけでなくサーバもそうですが、「壊れること」がエレクトロニクス業界の最大の課題だと思います。メカの信頼性とは桁違いの信頼性の低さではないでしょうか。壊れないこと。そこをブレークスルーさせたい。なぜ壊れるか?ストレスマイグレーション、熱でしょ。だからシリコンと同じ熱膨張率のガラス基板がほしいわけです。「こういうのが欲しいです、ああいうのが欲しいです」その心はなんですか?その根っこには困りごとがあるんですね。そこまでたどり着くと、たぶんやることが見えてくるのではないかと思います。
国居:
笠井さん、どうですか?
笠井:
ちょっと視点を変えますと、ペインはどのお客さんにも必ずあり、それがニーズなんですが、お客さんはペインと言いません。弱みを見せたくないからあたりまえなんですが。本当はのどから手がでるほどほしくて、ここが一番困っているんだとしても、直接的には困っているとは言わない。サプライヤに対しては表に出してこないんですが、サプライヤはいろいろな情報からそこを感じ取らなければなりません。ペインを引き出すことができれば、他社より一歩リードできます。お客さんのペインを探り出すことが事業部営業の目利きであり、直接技術の人とやっているだけではペインは明らかになりません。先の先のユーザにきく、製造の人から聞き出す、お客さんの営業の方から聞き出す。どの産業でも、ペインを探り出せる人が一歩リードできます。探ったペインをリサーチチームに投げかけて、事業部までもっていく。即ち、ペインは市場と密着しているということですね。中本さんが冒頭におっしゃった、市場のペインに気が付くことにつながります。
国居:
今回のテーマは研究開発成果をいかに事業につなげるか、どうやったら事業に結び付くか、ということで、最初はネタの良し悪しをどう見極めるか、目利き的なところの話がありました。そして、市場の顕在化・潜在化しているニーズをどうキャッチしてフィードバックするかという話がありました。ほかにこういうことが重要だということはありますか?
笠井:
ダーウィンの進化論になぞらえて、魔の川を渡り、死の谷を越え、ダーウィンの海を渡る、というのがあります。これまで議論したのは、魔の川のネタ探しのところです。ここが研究開発ですが、これをうまく渡って、よさそうだというものが、次に控える死の谷を越えるわけです。R&Dから少し事業化にいく、フェーズでいうと5年から8年ぐらい、ネタが始まってから5年少し過ぎたところが、死の谷を越えられるどうかです。ネタもよさそう、お客さんもなんとなくわかってきた、R&Dから事業フェーズに行けるかどうか、そこが企業は一番難しいんです。なぜ難しいかというと、お金がかかるからです。試作でちょこちょこ作っている分には魔の川を渡れるんですが、死の谷を越えるときにはそれなりの設備と評価技術が必要ですので、お金がかかります。人員の配置もしなければなりません。そうすると、ある程度の目途がないと死の谷を越えられません。ここで、どの会社もステージゲートを使って、次のゲート2に行けるか、ゲート3に行けるか、基準を設けてチェックをして、ネタを振るい落としていきます。死の谷を越えるときの条件が一番重要で、研究開発部門だけでなく、事業部が一体になって、事業化フェーズに行くかどうか、ステージゲートを進めていきます。事業化フェーズというのは、端的に言って、量産サンプルを作りましょうというところで、ESでもCSでも、研究開発ではなく本当に使えるサンプルを作っていくためには製造設備が必要で、5億や10億のお金がかかります。ここをすり抜けるのが一番各社の悩みどころで、どういう判断基準でそれをやるか、各社でやり方が異なります。AGCはステージゲートを使ってました。共同責任のような形で、特許部、製造部、営業部などいろいろな部門が集まって、このネタはゲートを通すかを議論して、めでたく事業化フェーズにいきましょう、ということになります。誰もやったことのない領域の新製品なので難しいわけです。この死の谷を越えたテーマが全てうまくいくわけでは全くなく、ゲートを通っても上手くいかないケースが多いです。
国居:
そうすると、中村さんが冒頭で言われた3つの点は、事業化フェーズにもっていく判断材料として重要だということですか?
中村:
成功したものを見るとそうだったので、そういう視点で見る必要があるのだと思います。
国居:
それは研究開発部門の方も同じですか?
中村:
同じだと思います。最初に、価値をどうお客様に提供するかということが大事だと申しました。自分達の技術を一方的に相手に押し付けてもダメで、結果的にお客様が何を喜ばれるかが重要なポイントになります。お客様自身が、この技術があることによって競合状態から抜けでることができれば、どんどん作ってくれます。そういう価値が提供できるかが最大のポイントだと思います。ニーズを達成した結果が価値なのだと思います。そのニーズがニーズだけではなくて、将来的にどんな価値になって影響を与えるかという視点が重要だと思います。
あと、継続性は事業部が見極める必要があります。高速通信分野は今5Gですが、beyond 5G、6Gが出たときに、高速通信というものが本当にずっと続くのかどうか。半導体はチップレットなどが出てきていますが、その先はどうなるのか。半導体は継続するのが見えていますが、それ以外の製品を取り扱っている人達もいます。自動車は自動化とEVですね。それが今後どんどん成長していくかどうかを見極めなくてはならないという気がします。漠然と成長するのはわかりますが、そのうちのどの部分がより伸びるのか。単純な組立作業であればだれでもできてしまうので、そこを狙ってはダメで、自分達のどこに技術的優位性があるかを根幹に持つ必要があります。それがなかなかわからないもの、もちろん特許で縛ることも可能ですが、構成特許というのは実は抜け道だらけで同じものが作れてしまうんですね。同じものが作れないようなものをつくらなくてはダメなんです。そういう技術的視点を持つ必要があるという気がします。
次回は後半として、具体的な事例や実践的な視点についての議論を紹介します。