新田:
今回のテーマは、研究開発の生産性向上についてです。
よく言われるのは、日本の研究開発プロセスの効率化が国際的に遅れているということです。デジタル化が進んでいないとか、CSRやSDGsの取り組みが増えて、研究に集中する時間が取れないという話もありますね。
さらに、限られたリソースの中でどうやって効率を上げるか、これも大きな課題になっています。
そんな中で、日本の企業が研究開発の生産性を向上させるためには、どうしたら良いのか。実際にうまくいった例などもあれば、ぜひ教えていただきたいです。それでは、まず最初に小島さん、お願いできますか?
小島:
生産性って言うのは、何をもってそれが高まったと見るか、これはなかなか難しいところですね。さっきの話にありましたが、売り上げが上がったとか、元気が出たとか、あるいは良い提案を受けましたということでも、意味合いが全然違うわけです。
それを効率的にどう進めるかという議論になったとき、やっぱり最近ではデータが不可欠になってきています。これは避けて通れないテーマですね。
さらに、研究の中でもDX、つまりデジタルトランスフォーメーションが重要です。昔は、研究が縦割り構造になっていて、隣で何をやっているのかよくわからなかった。研究会や発表会で一部が共有されるだけで、失敗したことや、どこで何をしたのかが見えないことが多かったですね。今はそれを改善して、できるだけデータを残して、デジタル化していこうという話が進んでいます。
さらに、AIやDXを使って効率化できるかが重要になってきています。これをうまく活用して、目標に到達するための仕組みを作れるかどうかが鍵だと思います。
あとは、人材に関しても、チャンスがないと感じることが一番の問題で、同時に、判断力のある人材を育成することが必要ですね。これが基本的な課題です。
渡利:
研究開発の生産性の中でも、特にスピード感について改革が必要と思っています。私もいろいろなプロジェクトに関わってきましたが、日本の環境について思うのは、費用や予算の面で良すぎるということが、時に逆効果になるのではないかということです。どうしても、研究開発の成果を出すことが目的になってしまい、それが大きな問題だと思います。
これは自分の知人から聞いた話ですが、米国の場合は、面白い技術が開発されると、すぐに投資家が来たり、生産技術の専門家、体制を整えるマネジメントが入ったりして、プロジェクトがどんどん進む共に、関係人材が増えていきます。最初の研究を開始したメンバーに加え、関係する技術の専門家、生産技術の専門家、材料の専門家、組み立ての専門家などが参加し、そこに生産を考える人たちやマーケティングの人たちもどんどん加わって、プロジェクト内のチームワークで強化され、スピード感を持って進むんです。また、新しいアイデアが次々と事業化され、アプリケーションの領域にまで広がっていくんです。多分、体制作り、ゴール設定とスケジュール管理が上手いにつきます。
渡邉:
私も多くの方と同じような意見を持っています。特に素材産業において、新しい事業や素材を生み出すには、通常5年から10年の時間がかかります。それを事業として成り立たせるために、技術者はもっと先、例えば2035年を見据えて行動しなければならない状況です。従来の考えでは、10年先を見据えた長期的な研究開発が必要ですが、果たしてこれからも同じ時間をかけて研究を進めることが許されるかと言うと、社会の変化が激しいため、それは難しいでしょう。
ですから、例えば今後はその期間を半分に縮めて成果を出さなければならない企業も増えてくるはずです。生き残るためには、研究開発のスパンを短縮することが求められるのです。それを実現するためには、従来の研究者の力だけでなく、DX(デジタルトランスフォーメーション)やMI(マテリアルインフォマティクス)、AIなどの技術を活用して、プロセスの生産性を上げることが重要になってきます。
そういった分野で、例えばIBLCのような企業が関わり、支援を行うことで、新たなビジネスの種が生まれる可能性があります。このような視点で、産業全体がどのように進化していくかを考えることが必要だと思います。
堤:
二つのポイントをお話したいと思います。これらは私の経験に基づくものですが、まず一つ目は、私たちは電気を製造販売している事業に携わっているわけですが、新しいものを開発する際に、材料屋さんに色々とお願いをして提供してもらい、それを使って丁寧に仕上げていくことがあります。私が研究していたときにも、資材部が相談に来て、もっと先進的な材料を使うことを考えないかと言われました。というのも、10年かけて開発して商品化したときには、もうその材料は古くなっていることが多いからです。そこで、材料も一緒に開発しようという話になり、いくつかやらせてもらったんです。これは、オープンイノベーションの一例としても、非常に生産性を高めるための方法だと思います。
もう一点は、アメリカの研究者についてです。私たちはマサチューセッツに研究所を持っているのですが、そこではアルゴリズムに特化した研究を主に行っている部隊があります。そこでは、主に画像処理のアルゴリズムを研究していました。しかし、他社に勝てるほどの成果が出ているかというと、必ずしもそうではありませんでした。
そこで、ファクトリーオートメーションにそのアルゴリズムを応用してみたところ、例えばレーザー加工の効率化など、非常に素晴らしい成果が得られました。また、エレベーターの振動を抑えるためのアルゴリズムの開発も、同様に成功しました。
最初はアメリカの研究者から反対の声もあったようですが、最終的には自分たちが開発したアルゴリズムが三菱電機の製品に使われることを非常に喜んでくれました。これは、海外の研究所を活性化する一つの成功例です。ただ、ヨーロッパでは同じような成果が得られたわけではありません。やはり、優秀な人材が必要だと感じました。この二つのアプローチは、生産性向上やアウトプットの向上に繋がるものと考えています。
渡利:
堤さんのお話を推測すると、テーマの設定の仕方が良かったんじゃないですか。皆さん、なんというか、MITの関係者に対してリスペクトがありすぎて、最初はちょっとできないって言ってた部分もあったんですけど、堤さんがうまく通訳というか、必要性をきちんと伝えられるようにしたからこそ、最終的には実現できたんだと思います。
堤:
受け入れた研究者の中には、やっぱり嫌がって辞めた人もいましたね。まあ、そういう人も少なからずいたわけです。ただ、それは少数に留まったので、結果としては良かったのかなと思います。
渡利:
やはり彼らはプロフェッショナルですよね、特にアメリカでは。それが基本的な姿勢としてある。そういう中で、しっかりとマッチングができたというのは、本当に素晴らしいことだと思いますね。
国居:
研究者として、自分がやりたい研究を続ける人もいれば、その成果が自分の会社の製品や事業に繋がって、世の中に出ていくことで、自分の成果が形になる。それでモチベーションが上がる人もいますよね。
堤:
それが両方うまくマッチングしたんですよ。同じアルゴリズムの研究開発をずっとやりたかったわけですからね。彼らにとっては、実は対象物は何でも良かったんです。そこが大きなポイントでしたね。
新田:
そういった話を聞くと、渡利さんが以前やられていたリーチ営業のように、技術をどこかで連携して組み合わせることが、うまく進めていくために非常に重要だと感じますね。
渡邉:
そういったアプローチが必須になってきている中で、それをさらに効率良く推進していく必要性が一層高まっているのは確かでしょう。我々IBLCとして、どのように関与して貢献できるのかという点については、もっと深く考える必要があると思いますね。
国居:
このテーマを私が取り上げた理由はですね、やはり今の研究所や研究開発部門に、事業部からの要請が昔に比べて非常にタイトになっているという点です。つまり、どうやってその研究を事業に結びつけるのか、そこが非常に厳しく求められるようになってきました。成果を事業に繋げるための具体的な数字や目標が、以前よりも細かく設定されていて、それが研究者に対する大きなプレッシャーになっています。そうなると、どうしても研究が近視眼的になりがちです。
もちろん、企業としてはその成果を求めることは必要です。しかし、あまりに厳しくすると、研究者との間に軋轢が生まれ、それが問題になることもあります。これまでのアウトプットの出し方と、これから求められるアウトプットの出し方は、変わってくるのではないかと思いますが、皆さんはいかがでしょうか?
小島:
企業としての目的を考えたとき、やはり売上や利益を重視するのは当然で、その中で研究者には『これをやれ、あれをやれ』とプレッシャーがかかるのは分かりますね。一方で、研究者には研究者でやりたいことがあって、それには時間がかかるんです。さっき話にも出たように、5年、10年かかることもありますし、その間結果が出ない状態をどう支えるかが問われます。
今の流れとしては、短期的に成果を求められる傾向がありますが、長期的に腰を据えて研究し、成果が大きくなる可能性があるものを進める必要もあります。その両方をどうバランスを取って進めるかが非常に難しいですが、それでもやらなければいけない課題ですよね。
国居:
今おっしゃったことを聞いて、私が感じたのは、やはり研究人材も多様化してきているということです。だからこそ、そういった人たちをバランスよく活用することが重要になってきますね。例えば、この人の発想やアイディアは非常に優れているから、できる限り自由にやらせてみるべきだとか、一方で別の人には違ったアプローチが必要だとか。そうやって、研究人材をそれぞれの特性に合わせて活かすやり方が求められていて、単一のやり方ではなく、多様化が進んでいくべきだと思います。
小島:
私も本当にそう思います。だからこそ、その見極めをどううまくできるかが、大きなカギになると思いますね。
渡邉:
私の理解では、コーポレート研究、つまり基礎研究の長期的な部分はコーポレートが担っていて、目的に沿った研究はディビジョン、つまり事業部門が主管して進めている、という形ですね。もちろん、その間にでこぼこがあるのは否めませんが、全てがオール・オア・ナッシングではなく、原則的には各企業の経営方針に沿って進んでいる。そういった流れの中で、研究はそれなりに着実に進んでいる、というのが私の理解です。
小島:
それが普通なんですよね。普通のことなんですが、やはりその部分がどうしても干渉し合うんです。企業に入ると、先進的な研究をやろうという気持ちと、業務として売り上げに繋げなければならないという現実が、どうしても衝突してしまう。そのため、新しいものをどう作るかという話と、売上にどう結びつけるかという話が、うまく折り合わないということが出てくるんですよね。
渡邉:
やはり、企業である以上、経営的な判断がどうしても関わらざるを得ないということですよね。
堤:
でも、それは経営層の本来の仕事なんですよね。
小島:
CTOのようなポジションにいる人たちは、それ自体が大きなプレッシャーになるものですからね。
堤:
ある程度パーセンテージが決まっていて、その枠組みの中でどう進めていくかという話がありますよね。それに加えて、対象物によって中期と短期のプロジェクトが大きく異なります。例えば、テレビの開発なんかは年に2回新製品を出すことがあって、半年後にアウトプットを出すために動いています。これは完全に短期的な開発ですよね。
一方で、人工衛星の話となると、短期といっても10年ぐらいかかることもあります。だから、プロジェクトの性質によってスケジュール感は全く異なってくるわけです。その複雑なプロジェクト体系をコントロールするのが、CTOや研究開発のトップの一番の仕事だと思いますね。
小島:
その中で、さっきベンチャー企業が非常に活性化しているという話がありましたが、まさにその通りだと思います。その中でも、特定の組織や機関で行われている取り組みの重要性は非常に大きいですね。そういった部分こそが、CTOの役割なんだろうと私は思っています。
堤:
それは確かにそうですが、ベンチャーはベンチャーで独立してやれば良い話です。社内ベンチャーという制度がよく取り上げられますが、正直言って、うまくいった例はほとんどないんですよ。なぜかと言えば、守られている環境がある、つまり帰る場所があるという安心感があるからだと思います。そういう環境では、本当の意味でベンチャーが成功するのは難しいんじゃないでしょうか。
国居:
堤さんのおっしゃるように、三菱電機のように市場に近い事業を展開している会社と、上流側に位置する会社では、研究対象がそれぞれ見えていると思いますが、市場に近いところで研究開発を行っている人と、上流で材料を扱っている人とでは、その感覚はだいぶ違ってくるんじゃないでしょうか。
堤・小島:
そんなことはないんです。材料開発にしても、最終的な出口を見通さなければ作れません。そこは変わらないんですよ。むしろ、材料開発だからこそ、最終的な出口をきちんと見据えて進めているはずです。
渡邉:
だからこそ、例えば三菱電機さんや日立さんと我々が繋がって、それぞれの企業が目指す方向性に基づきながら、新しい主材料について『10年後にはこういうものを作りましょう』といった議論を進めているんです。そういった長期的な視点で方向性を見いだしながら取り組んでいく動きもあります。
堤:
日本にとっての一番の課題は、なぜ利益率が高くならないのか、というところにあるんです。なぜ、高い利益率を生み出せる製品が作れないのかという話なんです。ここが大きなポイントだと思います。一生懸命に製品を作って販売しても、競争が激しいという背景や、グローバル市場の影響があるかもしれませんが、特に材料生産に関しては、結局コスト勝負になってしまうことが問題です。
国居:
先日、あるCTOの方が言っていたのですが、結局足りていないのは、ソリューション、ビジネスモデル、それにソフトウェアを考えられる人材だということなんです。しかし、最終的にはハードウェアの問題に落ち着いてくる。ハードに関しては、もう十分に対応できる環境があるわけです。そちら側に進めば対応できるんですが…。
堤:
私も同じ人と思いますが、あるCTOがずいぶん前に話してくれたことがあって、結局、ITやGAFAのような企業が出してくるものに対して、ハードウェアを供給する我々は奴隷だと言うんですよね。そして、その奴隷にも階級があって、低級、中級、高級と分かれている。そうかもしれませんが、本当にそれが全てかどうかは疑問もありますね。
例えば、キーエンスなんかはファクトリーオートメーションでさまざまな機器を展開していて、非常に高い利益率を誇っています。三菱電機も決して悪くはありません。彼らが高い利益率を出している仕組みの一つとして、無駄なことをやらないという点があるんです。自社工場を持たないとか、会社全体の基本的な構造を見直しているんですよね。
一方で、インテルなどの企業がどうして利益率が下がっているかを考えると、彼らは『言われたものを作るだけではなく、言われていないものを作り出す』という意識が欠けているのかもしれません。研究テーマの創出という意味でも、普通にやれば普通の結果にしかならない。『10%の利益が出なくてもそれでいい』と思ってしまえば、それで終わってしまいます。もちろん赤字はまずいですが、少しでも稼げればいいという考えでは、成長は難しいですよね。
小島:
これまでのやり方では、製品があって、利益率がこの程度あれば生きていけるという話が多かったですよね。でも、10年、20年前を振り返ると、たとえば10年前にテスラが電気自動車を始めたとき、日本でも『電気自動車はどうなんだ』と議論されていましたよね。しかし、テスラはまず作ることを優先して、ビジネスモデルの確立は後回しにし、とにかく技術を発展させた。結果として、事業体としての枠組みは後からついてきました。
こうしたアプローチが日本でできるかどうかというと、これまでの企業の人材ややり方では、私は難しいと感じています。
日本の企業が本気で取り組まなかったことを、彼らは急激にビジネスとして展開し、高い売上や利益率を実現しました。では、なぜ日本ではそれができないのか。理由は、そういった新しいものを簡単に受け入れる土壌が、まだ日本の企業には整っていないからです。新しいものを導入しようという意識が、まだ不足しているんですよ。
堤:
高級な奴隷であっても、食べていけて、暮らしが安定しているのであれば、それでいいという考え方もある、ということになりますね。
小島:
かつてのソニーのようにチャレンジする企業と保守的な企業、結果的に二極化すると思いますね。
堤:
ただ、二極化の一方が日本だとして、その日本が非常にプアーな状況に陥っているとしたら、二極化どころではなくなります。
国居:
ただ、今おっしゃったように、化学メーカーでもお客様のニーズに応え、そこに徹底して取り組んでいる会社がありますよね。そういった会社はサイクルが非常に早い。それでもしっかりと利益率を確保できているというわけです。
渡邉:
ただ、それは基本的にお客様のニーズに対応しているということです。外には営業担当者がたくさんいて、彼らがその役割を担っているわけです。
国居:
そこを徹底している会社は、利益率も高く、その分しっかりとした成果を出しています。しかし、コーポレート部門や長期的な視点を持った企業というのは、目の前のお客様のニーズに応えるだけではなく、もっと未来を見据えて学びに行く必要があるんです。企業はそういうバランスを取っていくことが重要と思います。