IBLC Insights

第一回 <活力ある体制づくり・研究人材の育成>

国居:
IBLCとして専門家による初の座談会を開催します。当社は技術に基づくコンサルティングを通じて、我が国の産業の活性化に貢献しています。特に最近、企業の研究開発部門が直面する課題や、研究開発のあり方について多くの悩みを抱えていることを感じております。特に、市場の変化や多様化する社会的ニーズ、そして働く環境が変わる中で、企業の研究開発をどう進めていくかが問われています。皆さんの経験を交えて、語り合っていただきたいと思います。

新田:(ファシリテーター)
私は三菱UFJリサーチ&コンサルティングで長年、企業の経営戦略や事業戦略、新規事業開発などの分野でコンサルティングを行ってきました。今回の座談会では、皆様とともに率直な意見交換をし、今後の研究開発に役立つ議論を展開できればと思います。よろしくお願いいたします。

堤:
三菱電機出身の堤です。現在は国際標準化組織の副会長を務めていますが、元々は材料技術者として長く研究開発に従事してきました。本日はそうした経験を踏まえ、議論に貢献できればと思います。

小島:
元日立化成(現レゾナック)の小島です。ポリマー材料開発を専門とし、その後、企画部、研究所において、幅広い分野のテーマ探索、研究に関わったり、教育活動にも携わってきました。既存技術の継承と、新しい技術の融合に課題を感じています。本日の議論を通じて、そうした課題への理解を深めたいと思います。

渡利:
渡利です。産業技術総合研究所でのキャリアを通じて、セラミックスの研究や企業連携、知財戦略などに携わってきました。現在は、これまでの経験を若い世代に伝える活動を行っています。今日は、皆さんとの議論を通じて、さらに新しい視点を得られればと思っています。

渡邉:
渡邉です。デンカで長く研究開発に従事し、特にカーボンニュートラルへの取り組みに関する課題を意識しています。化学産業全体が直面する大きなテーマであり、この大転換をどう図るかが重要です。本日の議論を通じて、皆さんと意見を交わし、研究開発の未来を考えていきたいと思います。

国居:
今日は、3つの観点に沿って議論を進めていきたいと思います。1つ目は活力ある体制づくり、2つ目は研究開発の生産性向上、そして3つ目は新規テーマの創出です。
これらのテーマを通じて、皆さんの知見を共有していただければと思います。

新田:
まず、日本の研究開発力が低下している現状を踏まえ、企業がどのようにして活力ある体制を築き、研究人材を効果的に育成していくかについて議論を始めたいと思います。

テーマ1 <活力ある体制づくり・研究人材の育成>

小島:
現在の研究開発の現場では、働き方改革の影響などにより研究者の流動性が高まっており、企業が長期的に研究者を育成し続けることが困難になっています。多くの研究者が、より良い環境や条件を求めて転職を繰り返す状況が一般的になりつつある中で、企業はより柔軟な体制を取る必要があります。
そのためには、プロジェクトごとに専門家を短期間雇用するなどの新しい働き方を取り入れることが求められます。例えば、アウトソーシングを活用して、特定のプロジェクトに対して強力な人材を一時的に雇用するアプローチなどが現実的な解決策として考えられます。これにより、企業は変動する人材環境に適応しつつ、必要な成果を上げることができるでしょう。

渡邉:
研究開発の現場では、多様な意見を持つ人材が少なくなり、結果として議論が深まらない状況が見受けられます。かつては、異なる視点を持つ研究者同士が集まり、活発な議論を通じて研究テーマを磨き上げる機会が多くありましたが、そうした機会は減少しています。この状況が、新しいアイデアやイノベーションが生まれにくくなっている一因となっていると考えられます。
多様な視点が減ることで、発想が偏り、革新的なアイデアが生まれにくくなります。異なるバックグラウンドや考え方を持つ人々が集まり議論を交わすことが、研究開発において新しい発想やイノベーションを生み出す鍵となるでしょう。

堤:
日本全体としての研究開発力の向上と、各企業が個別に成功を収めるための戦略は必ずしも一致しないと考えます。研究者の流動化は、確かに企業にとっては問題に映るかもしれませんが、社会全体の視点から見ると、多様性を促進するためにはむしろ歓迎すべき現象です。しかし、企業側としては、自社にとって必要不可欠な人材が流出してしまうリスクがあるため、組織としての魅力を高め、社員の帰属意識を強化する施策が必要です。具体的には、企業に対する愛着や働きがいをどうやって高めていくかが、今後の課題になります。

渡利:
研究開発現場において、研究者が成長するための重要な要素は、多様な経験を通じて組織のDNAや自身の役割を深く理解することです。しかし、近年、若手研究者がそうした経験を積む機会が減少していることが懸念されています。特に、若手が自らのやりたいテーマを積極的にアピールし、取り組む環境が整っていない現状があります。
この状況を改善するためには、研究者のモチベーションをいかに高めるかが鍵となります。最近では、バーチャル研究ラボなど新しい研究形態が導入されつつあり、これらを活用しながら、適材適所での人材配置を行うことが重要です。適切な環境とサポートが整えば、研究者がその能力を最大限に発揮し、さらなるイノベーションを生み出すことが期待されます。

小島:
企業には、企業文化に馴染み長期的に組織に貢献する人材と、新しい挑戦を求めて流動的にキャリアを進める人材という、二種類の人材が存在します。現代の研究開発の現場では、これら異なるタイプの人材が共存しており、それぞれの強みを活かすことが求められます。
組織は、多様な人材が互いに協力し、新しい視点やアイデアを持ち込むことができるよう、柔軟な体制を構築する必要があります。こうした体制が整えば、企業はさらに革新的な成果を上げることができるでしょう。

堤:
若手研究者を育成するためには、彼らに積極的にチャレンジさせ、失敗を恐れずに困難な状況を経験させることが重要です。これにより、問題解決能力が自然と養われていきます。さらに、国際的な場での経験も非常に有益であり、若手を海外に送り出して国際会議や技術ディスカッションに参加させることで、異なる文化や視点に触れ、視野を広げる機会を提供することが求められます。
過去に流行したケーススタディは教育手法の一つですが、これは擬似的な体験に過ぎず、実際に自ら経験し、考え、行動する機会が真の成長を促します。若手研究者には、実際の修羅場を経験させることで、より深い学びと成長を促進することが求められます。

渡邉:
近年、企業では技術経営やガバナンス、コンプライアンスに関する多くの教育プログラムが導入されていますが、研究者にとっても不可避な業務である一方大きな負担となっています。まず、これらのプログラムに時間を割かれることで、研究に集中できる時間が減り、結果として研究者の成長や研究の進捗に影響を与えているという実状があります。
さらに、企業の国際化に伴う人材育成の観点からも課題が生じています。かつては、研究者が積極的に海外に出て経験を積むことが一般的でしたが、最近ではその機会が減少し、研究者自身が海外での経験に対するメリットを感じにくくなっています。この傾向が続くと、内向き志向が強まり、企業のグローバルな競争力にも影響を与える可能性があります。これらの問題を解決することが、今後の企業の課題となるでしょう。

堤:
かつては、海外駐在が非常に魅力的とされ、多くの人がその機会を求めましたが、現代の若者にはその魅力が伝わりにくくなっています。インターネットの発達により、物理的に海外に行かなくても、情報や体験を得ることが可能になったからです。
企業としては、変わるべき部分と変えてはいけない部分が存在しますが、それを若い世代にどう伝えていくかが課題となっています。柔軟性を持ちながらも、守るべき価値をしっかりと伝えるバランスが、今後の企業運営において重要なポイントとなるでしょう。​

渡利:
近年、大学生たちも海外で働くことに対する興味が薄れているように感じられます。この傾向は、私たち世代が彼らに対して、海外で働くことの魅力や必要性を十分に伝えられていない結果かもしれません。かつては、海外での経験がキャリアにおいて非常に重要視されていましたが、現代の若者にはその価値がうまく伝わっていないのが現状です。今後、企業や教育機関は、このギャップを埋めるための取り組みを検討する必要があるでしょう。​

国居:
今の若者たちは、向上心や競争心が薄れているように見えますが、それは時代の変化に伴うものかもしれませんね。

小島:
若者の中には、特定の目的を持って海外で学びたいと考える人も少なくありません。彼らにとって海外での学びは、単なる経験ではなく、明確な目標達成のためのステップです。企業にとって重要なのは、こうした時代の変化を理解し、変わるべき部分と守るべき部分を見極めることです。変化が必ずしも良い方向に導くとは限らないため、守るべき価値を維持しつつ、柔軟に対応する戦略が求められています。

新田:
ここで、企業のCTO(最高技術責任者)に対してどのようなアドバイスができるかという点について皆さんにお伺いしたいと思います。特に、組織の活性化や人材育成に関して、CTOがどのように取り組むべきかについて、ご意見をお願いします。

小島:
研究者のモチベーションややる気を維持することは、組織の成功において非常に重要な要素です。研究者それぞれが異なる背景や目標を持っているため、モチベーションをどう維持し、どのように評価するかが大きな課題となります。単純な成果主義に頼ると、長期間成果が出ない研究者が不利になる可能性があります。
例えば、10年間研究しても成果が出なかった場合と、短期間で大きな成果を上げた場合では評価が異なりますが、その評価方法は非常に難しい問題です。研究者のモチベーションを維持し、適切に評価する仕組みを構築することが、組織全体の課題として浮かび上がります。
さらに、研究者は多様な人材で構成されており、それぞれに応じた柔軟な評価や支援の仕組みが求められます。このような柔軟性を持つ評価制度の確立は難しい課題ですが、組織の成長にとって不可欠な要素です。

渡利:
CTOは、技術管理を超えて、組織全体の活性化や研究者のモチベーション向上にも大きな責任を負っています。彼らが自身の役割をどのように理解し、それを実践していくかが、企業の未来を左右する鍵となります。そのためには、CTO自身が常に新しい刺激を受け、それを組織に還元できる仕組みを構築することが求められています。
CTOが単に技術を管理する役割にとどまらず、組織全体を動かし、未来を創るリーダーとしてのリーダーシップを発揮することが、企業の成功にとって不可欠な要素となるでしょう。

堤:
CTOに求められるのは、信念を持ち、たとえ上層部からの圧力があっても自分の考えを貫く強さです。現代は、これまでに経験したことのない新たな課題が次々と現れる時代です。CTOは、過去の成功体験や先輩の助言にとらわれず、自らの判断で新しい課題に挑む力が求められています。
従来の常識が通用しない状況下でも、自らの信念を持って進めることが、企業の成長に繋がるでしょう。特に、AIやデジタル技術の進展といった新たな領域の問題に対処する際には、過去の経験に頼るのではなく、革新的なアプローチを模索することが重要です。CTOは、こうした挑戦に果敢に取り組み、組織全体をリードする責任を担っています。

渡邉:
大企業とベンチャー企業の同じ年齢層でも、社員のマインドセットに大きな違いがあることが浮き彫りになっています。特にベンチャー企業では、若い世代が非常にアクティブであり、リスクを恐れずに挑戦している姿勢が顕著です。彼らは、自己成長への強い意欲を持ち、失敗を恐れずに新しいアイデアを実現しようとしています。
このようなベンチャー企業の姿勢は、大企業においても見習うべき点であり、組織としてアクティブな人材を育成し、彼らが大胆に挑戦できる環境を整えることが求められます。大企業がこのような文化を醸成することで、さらなる成長とイノベーションが期待できるでしょう。

小島:
最近、社内ベンチャー制度を導入する企業が増えてきています。この制度では、一定期間、社員が自由にプロジェクトを進め、成功すればそのプロジェクトを事業化するという仕組みです。特に若手社員にとって、自分のアイデアを試す場として非常に有効であり、彼らのモチベーションを高める効果があります。
若手が自由に挑戦できる環境を整えることは、企業全体のイノベーションを促進するために欠かせない要素です。社内ベンチャー制度を活用することで、新しい事業や技術が生まれる可能性が高まり、組織全体の活性化にも繋がるでしょう。このような取り組みが、企業の成長を後押しする重要な戦略となっています。​

次回は、テーマ2 <研究開発の生産性向上>についての議論をご紹介します。

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