専門家コラム

【063】 社会課題を起点とした、新規事業の創出に向けて(前篇)

みなみ なおこ 

近年、企業には社会課題の解決への貢献が強く求められており、各社はビジネスとして新たな価値創造の手法を模索しています。多くの企業は、社会課題をテーマにした事業に取り組んでいますが、マクロ的な視点が中心です。社会課題を起点に「新しい市場」を生み出すには、もう一つ大切な視点があります。それは「生活者の価値観の変化」です。
時代とともに、生活者の価値観は大きく変化しています。例えば、効率や利便性だけでなく、他者への共感や関心、利他的な考え方が重視されるようになりました。また、環境意識の高まり、多様性の尊重、持続可能な地域社会への関心なども強まっています。こうした価値観や感情の変化を的確に捉えることが、社会課題の解決につながるだけでなく、新しいビジネスの可能性を広げる鍵となります。

<1> 『社会課題』を起点に、新規事業を創出するには? 

注目される生活者価値観の変化
2025年を迎え、成長社会から成熟社会への移行が進む中、経済成長の鈍化や人口減少がより顕著になっています。モノや情報が溢れる現代では、他者との比較ではなく、「自分らしさ」や「人生の夢・目標」といった個々の幸せや価値観の多様性を大切にする人が増えています。また、生活者は「見栄」や「自己顕示欲」から距離を置き、「本質」や「素」に共感する傾向がこれまで以上に強まっています。そのため、企業の表面的なマーケティングや一時的な戦略では、継続的な支持を得ることが難しくなっています。
こうした変化に対応するには、企業自身が自社の強みやリソースを見直し、「本質的な価値とは何か?」を再考することが求められます。そして、既存の枠にとらわれず、新しい価値を生み出す姿勢がより重要になっていきます。

生活者の価値観にアプローチする「地域共創」
コロナ禍を経て、生活者の「地域」への関心が高まり、地域が抱える課題や困りごとに注目が集まるようになりました。私たちはこの変化に着目し、地域の課題を可視化し、社会的価値につながる製品やサービスを生み出すだけでなく、事業につなげていく手法を研究・実践してきました。
この手法では、地域の生活者やコミュニティと協力しながら、感度の高い生活者の感情にアプローチをすることで重要な課題を見つけ出し、そこから開発テーマを設定します。さらに、自社技術を活かして素早く試作品をつくり、テストマーケティングを繰り返しながら、共に価値を創造していきます。
この「地域共創型アプローチ」を実践することで、効果的な成果を生みだすとともに、社会的インパクトと経済的価値の双方を実現することが可能になります。

「地域共創型アプローチ」を実施する効果
この「地域共創型アプローチ」は、最初から大規模な市場を狙うのではなく、小さく始めて柔軟に展開し、初期リスクを最小限に抑えながら検証を進める点が特徴です。
この方法を取ることで、生活者の反応や感情をリアルタイムで把握し、実際のニーズを的確に見極めることができます。さらに、段階的なプロセスを通じて試作品を改良しながら、より市場ニーズに適した製品やサービスへと進化させることが可能です。これはまさにMVP(Minimum Viable Product)に通じており、スモールビジネスで成功事例を積み重ねながら、大きなビジネスへと発展させることができます。企業のブランド価値や社会的評価の向上につながることも大きな価値といえます。

では、どのような地域と連携し取り組んでいけば良いのでしょうか。
私たちは4年間の取り組みから、「適正規模の地域条件」と「3つの実行ステップ」がプロジェクト推進の大きな鍵であることを導き出しました。

<2> 地域と事業を生み出すための地域条件と3つの実行ステップ 

「中都市」が持つ地域共創型アプローチの可能性
「地域共創型アプローチ」を実行するには、どのような特性を持つ地域で展開するかが重要なポイントとなります。そこで、私たちは以下の経緯から「中都市」に着目し、2020年より代表的な中都市である「神奈川県鎌倉市」を拠点にプロジェクトを実施しています。

鎌倉市は、人口約17.3万人の中都市に分類されます。中都市に共通する特徴として、「Nature-Connected率」という指標があり、住環境と自然との隣接度合いを示します。この割合が高いのが中都市の特徴であり、また、大都市ほどの規模ではないものの、行政、経済、文化、教育などの都市機能が一定程度集積されていることも特徴の一つです。
社会課題への取り組みには、地域住民の意識や、行政、地元企業との顔の見える関係性の中で、コンパクトに連携することが重要です。この要素に適合するのが鎌倉市のような「中都市」です。また、中都市では地域に共通するニーズが多く存在し、ここで実装したモデルは、他の類似都市への展開もしやすいのも魅力です。
参考元)https://note.com/keio_dmec/n/nfaee7e6c577d

次に、「地域共創型アプローチ」を実行するための3つのステップを紹介します。

3つの実行ステップ

STEP1: 一石二鳥で事業化につなげる「社会課題のテーマ設定」
社会課題への取り組みを事業につなげるには、課題の本質を正確に把握することが重要です。多くの社会課題解決プロジェクトが「根本原因へのアプローチ不足」または「収益性の欠如」によって挫折するケースが多く見られます。

社会課題を面で捉え、根本原因を見つける
社会課題は有機的に絡み合っていることが多く、本質的な要因を掴めば、複数の社会課題を同時に解決することが可能です。課題を表層的に捉え一部だけに取り組んでも、根本原因が放置されることで、同様の問題が繰り返し発生します。新たな課題が生じることなく、持続可能な解決策を導くためには、多角的な視点が必要です。

具体例:「使い捨てプラスチックのごみ問題」
使い捨てプラスチックごみの削減に注目すると、「どう削減するか」「代替素材は何にするか」といった対策に偏りがちですが、本質的な問題は「容器を捨てる」という行動にあります。捨てられた容器は風で飛ばされ、川や海に流れ込み、最終的には人間の口に入ることが実証されています。課題を面で捉え、根本的な原因を解決することで、ごみ削減にとどまらず、海洋汚染や健康問題の改善にもつながります。


「収益性」と「熱量」が掛け合わされる課題テーマを見つける
課題が存在しても、実際の市場ニーズと合致しない場合や、未開の市場では、すぐに収益につながらないことがあります。短期的な利益を追求するあまり、社会課題の解決には時間がかかることを考慮しないと、持続可能なビジネスモデルの構築が困難になり、計画が頓挫することもあります。こうした課題を同時に解決し、「収益性」と「熱量」が掛け合わされる課題テーマを見つける方法が「地域との対話の中から具体的なニーズを掘り起こす」ことです。
私たちのプロジェクトでは、「ニーズを一段深く聞くこと」から始めました。地域には困りごとを抱える人々(生活者、店舗、自治体、支援団体など)が多く存在します。彼らと丁寧に対話することで、課題の解像度が上がり、プロジェクトへの「熱量」も高まります。地域の人々を最初から巻き込むことで、自然と協力が生まれ、収益につながる課題解決の支援を得られる場面が多くなりました。


STEP2: 自社の保有技術を活かした「プロダクトのコンセプト策定」
社会課題のテーマを設定したら、考えられる解決策(ソリューション)をできるだけ多く出して、その中から自社が保有する技術とマッチングさせて実現できるプロダクトにはどういうものがあるかを検討します。そしてそれが、本質的な解決策になっているか、将来の事業につながるかの検証を加えて、プロダクトのコンセプトを策定します。

STEP3:  地域と改良を重ねる「プロトタイピング」
次に、コンセプトを素早く形にし、試作品(ファーストモデル)を市場に投入することで、市場の反応を確かめながら段階的に改良を重ねることが重要です。そうすることで、地域からの信頼や支持を得られるようになります。
地域住民が製品開発に関わっていると実感できるユーザーエクスペリエンス(UX)は、製品や地域への愛着を生み、紹介や購入につながります。そして、これらの検証を踏まえ、持続可能なビジネスモデルを構築します。

<総括>
「地域共創型アプローチ」は、社会課題を起点に、自社技術を活かして新たな事業を創出する方策です。
 

「社会課題の解決には時間がかかり、収益を生み出し難い」と考え、必要性を感じながらも取り組めていない企業は少なくありません。しかし、企業にとって社会課題に取り組むことには大きな意義があります。だからこそ、特定の地域と連携し、スモールスタートで成功事例を積み重ね、着実に市場を形成し、規模拡大へとつなげていくことが重要です。

実現のために重要な5つのポイント
1. 中都市と連携する
2. 地域との対話を通じて具体的なニーズを掘り起こす
3. 掘り起こしたニーズをもとに課題テーマを設定する
4. 自社技術を活かしたプロダクトのコンセプトを策定する
5. 「試作品 → テストマーケティング → 改良」のループを何度か回し、ビジネスモデルを構築する
このプロセスを実践することで、市場ニーズに適した製品やサービスを開発し、収益を獲得すると同時に、企業価値を向上させることができます。

次回の後篇では、具体的にどのように各ステップを実践し、スモールビジネスとして事業化したのか、実際の「地域共創型アプローチ」の事例を交えて、そのプロセスを詳しく解説します。さらに対象となる社会課題のリスト化についてもご紹介いたします。

2025年2月24日
著者:みなみ なおこ
Good Sharing Lab 代表/株式会社nalu
「地域共創」をテーマに、技術の力で地域に新たな波を起こす研究所。地域と企業が協力し、社会課題を解決するための仕組みを構築しながら、地域共創型ソリューション事業を展開している。また、各分野の専門家や技術者と幅広いネットワークを持つ株式会社IBLCと協働し、大手企業をクライアントに、研究開発から社会実装までを一気通貫で支援している。
出身企業:LIXIL株式会社
略歴:株式会社LIXILにて、「ユニバーサルデザイン」ブランドの立上げに携わる。車椅子、妊婦、片麻痺などの検証、生活価値観調査や分析を行い、全事業部の設計標準化を実施。ブランドガイドライン、コンセプト開発、PRを実施し、ユニバーサルデザインブランドランキングに入賞。サッシ企画マーケティングに従事した後に独立後、ブランドコンサルタントとして活動を開始し、15年の実績を持つ
専門分野:地域循環、社会課題(環境、防災)の解決、ブランディング・マーケティング

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