専門家コラム

【058】 食品の商品開発における「おいしさ」の評価

跡部 昌彦 

1. 商品開発の流れ
 食品の商品開発は「こんな商品があったらよいのに」というアイデアがきっかけになり、主にマーケティング部門において、それが「お客様に買っていただける商品かどうか」を確認し、さらに「買っていただける商品にする」ための情報収集(調査・分析)を行い、商品コンセプト(この商品はどのようなものか、誰が使うのか、メリットは何かなどを表したもの)を仕上げた後、主に研究開発部門で、そのコンセプトにそった設計開発(もの作り)がスタートする。消費者向けの商品開発は、概ね、このような流れで進んでいる。

2. 食品の商品開発にあたっての確認項目
 食品の開発にあたっては、安全性、栄養、健康など、様々な面からの確認・評価を行い、それが「すべて問題なし」となってはじめて、生産・販売に移ることが可能となる。

3. 「おいしさ」の評価の難しさ
 上表で、「おいしさ」の評価方法に「?」を付けた。おいしさの感じ方はヒトそれぞれの主観評価であるため、他の確認項目のようにデータに基づく客観的で定量的な評価が難しいからである。だから、おいしさだけは、社長らが開発商品を味見して“OK”を出すという評価になっている会社が多い。確かに、社長らは経験があって感も鋭く、だから商品開発に成功して会社が成長してきたのだが、「高校生向けの商品を中高年の社長が判断するのか?」、「社長も高齢になってきて感が鈍くなってきたのでないか?」、「社長が引退したらどうなるのか?」といったことも気になる。
 「おいしさ」も他の確認項目と同様に、データに基づく客観的で定量的な評価方法を考える必要がある。

4. 「おいしさ」の評価方法
 「おいしさ」の評価に分析型官能評価や機器分析(成分分析、非成分分析)、嗜好型官能評価、生体計測が用いられるようになってきた(上図)
 官能評価はヒトの五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)を用いて食品などを評価する手法で、分析型官能評価と後述する嗜好型官能評価に大別される。
 分析型官能評価は訓練・選抜の結果、味や香りなどの感度が高いと判定した評価者、10数名に数種類の試料を喫食してもらい、味(甘味、苦味など)や香り(香ばしい香り、青っぽい香りなど)、テクスチャー(かたさ、なめらかさなど)の違い、強弱を評価する手法である。機器分析は分析機器を使って食品中のアミノ酸、有機酸、糖、香気成分などの含有量を評価する手法である。この2つを用いると、「△△食品は甘味が強く、〇〇成分が多い」などがわかるが、「それがどうした!」となってしまう。分析型官能評価と機器分析はモノ(食品)の評価で終わってしまうからである。
 そこで、多人数の消費者に各種試料を喫食してもらい、おいしさ、好き・嫌いを評価する手法である嗜好型官能評価を用いることで、ヒト(消費者)からの解釈が可能となり、「△△食品は甘味が強く、〇〇成分が多いことで、おいしい」という結論に至ることができる。ただ、嗜好型官能評価も主観評価であり、その客観性を確認するために生体計測を併用する。生体計測とは、試料を喫食している際に、脳波、脳血流、心拍数、瞳孔、唾液の分泌量や成分、舌圧など測定するもので、おいしさをどう感じているかを客観データとして表すことが可能になる。
 以上のモノからのデータ、ヒトからデータを総合して解析することで、おいしさを客観的で定量的に評価することが進められるようになってきた。

5. 「おいしさ」の評価事例
  上図は、缶コーヒー(市販6商品)の評価を、分析型官能評価(訓練された15名の評価者を用い、味と香りの15用語について、強い/弱いを7段階で評価)と嗜好型官能評価(一般の50名の評価者を用い、好き/嫌いを7段階で評価)で行った事例である。
 分析型官能評価データを主成分分析という解析方法を用いて二軸グラフに表し、X軸(第一主成分)のプラス側ほど苦味が強い商品、マイナス側ほどミルクの感じが強い商品で、Y軸(第二主成分)のプラス側ほど甘味が強い商品、マイナス側ほど香ばしさが強い商品であり、9商品(商品A~I)、それぞれの特徴によってマッピングすることができた。これに嗜好型官能評価データをZ軸として追加して等高線グラフを作成した。Z軸は赤系ほど「おいしい」という評価が高いことを表している。この結果、缶コーヒーの嗜好は甘くてミルクが強い商品と、苦くて香ばしい商品とに2分されることがわかった。
 このグラフから「どういうおいしさの方向で開発(または改良)するとよいか?」、「当社商品はおいしい範囲に入っているか?」、「当社商品のおいしさのポイントは何か?」といった議論が客観的にできるようになるのである。

6. これからの「おいしさ」の研究
 大学などでは口腔内で味を感知する味覚受容体、鼻腔内で香りを感知する嗅覚受容体の研究や、それらで感知された情報を脳がどう処理して味や香り、おいしさを判断するかというメカニズム研究が進んでいる。また、その味覚受容体や嗅覚受容体を培養し、味や香りを識別できるセンサーとして利用する研究も進んでいる。
 食品会社でおいしさ評価の研究が始まったのは、今から15~20年くらい前であり、新しい分野である。今後、官能評価や解析手法(ソフトウエア)の発展、分析機器の進歩などに伴って、おいしさ評価を導入する会社も増えてくると思われる。
 食品のおいしさは、さらなる発展が期待できる研究分野である。

2023年5月9日
著 者:跡部 昌彦(あとべ まさひこ)
跡部技術士事務所(食品開発コンサルタント) 代表
経歴: ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社(入社時はポッカレモン株式会社)で約40年間、食品の商品開発(清涼飲料水、粉末・乾燥食品、レトルト食品、健康食品など)、食品法規・表示、食品素材開発、食品加工技術、食品健康機能、感性科学のほか、研究開発マネジメント(設計品質管理、知的財産、データ解析、技術教育、研究テーマ企画、研究管理など)に従事
資格: 技術士(農業部門、総合技術監理部門)
役職: 公益社団法人日本技術士会 登録 食品技術士センター 副会長
    大同大学 工学部 建築学科 かおりデザイン専攻 客員教授


*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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