専門家コラム

【051】 訴訟で勝てる特許を持ちませんか?

坂本 安広

 特許の価値を否定する人はいないが、保有する特許をどれだけ活用できているかについては課題が多い。もしかしたら、特許が負の資産になっていないだろうか。今回は一歩踏み出して『訴訟の準備のススメ』を提案したいと思う。今まで思い悩んでいた人の肩の荷を少しでも軽くすることができれば幸いである。

 と言ってもすぐに訴訟を提起しましょうというのではなく、まずは訴訟ができる準備を通常の知的財産業務とすることを勧めたい。訴訟の準備と言うと大げさに聞こえるがそこまでやってこそ特許の価値が分かり、その活用を考えられると思うからである。
 ただ、特許について議論する場合、その企業の規模や問題となる状況が異なるため一概に論じることは困難であることはご承知のとおりである。よって今回は、競合他社が存在する企業や先行他社を追随している企業でかつ十分な知的財産リソースがない(と思っている)企業で、同時に自社特許をもっと活用する必要があると考えている企業を想定させていただきたい。

 そのような企業の多くは特許を取得するだけでも大変なのに訴訟なんてとんでもないと思われるだろう。それでも『訴訟の準備』をすべきと考える。それが価値ある特許取得が可能になる近道だからである。つまり役に立つ特許と役に立たない特許を見極めるには最適な方法であり、特許の価値は数ではないことも分かるからである。

1. 特許は役に立っているのか?

 過去30年くらい前から知的財産の重要性がクローズアップされてその認識が高まった。その例の一つが事業戦略、研究開発戦略、知的財産戦略の3つの連携を図った『三位一体経営』で、これにより多くの企業の知的財産活動が活発化してきた。

 しかしながら、この『三位一体経営』がどれだけ企業の価値や競争力を高めたと言えるか疑問に思っていた。つまり、企業の経営者にとって莫大な研究開発費や知的財産の権利化及び維持費用を考えると、それらが相乗効果を発揮していかに円滑にかつ効率よく機能しているかを説明しなければならないのは理解できるものの、それが他社に対する競争力を高めているかどうかはわからなかったからである。ただ、先進的な大企業では人材も知識も経験も豊富で、権利化から他社との交渉、係争(裁判も含む)、ライセンス等知的財産の活用が上手くいっているかもしれない。では大企業以外ではどうすべきなのかを考えたい。

 例えば、大企業以外では特許は大事と言いつつも、知財への人員や予算を割くことが難しいなどの理由からとりあえず出願と権利化(特許取得)までできていればいいというところが多い。競合相手に対して積極的に権利行使することなど考えていないというのが現実なのではないだろうか。当然訴訟などは費用も時間もかかるため論外であるか、極力避けたいということになる。従って他社から特許の権利行使(交渉・訴訟)を受けることがあっても、必然的に和解を前提とした交渉を選択することになる。仮に、対抗特許で何とかしたいと思っても、即座に有効な対策を講じることも難しく、主導権を相手に取られたままで対応せざるを得ないことが多いのではないかと思われる。

 この現実を踏まえると、特許を持っていてもそれを有効に活用することはとても難しいことを改めて認識せざるを得ない。特許を取得し維持するだけでもかなりの費用がかかるという点ではむしろお荷物になっているかもしれない。日本企業がまだ元気だった頃でさえ、ある大企業のトップが『お金がかかるからと言って、特許を出すなとは言えない。』と複雑な心境を吐露したこともある。

2. 特許の価値は何?

 では特許は役に立たないのだろうか?決してそうは思わないが、特許と言う権利に対する過信を改める必要がある。つまり、それをどう生かすかを考えない限り宝の持ち腐れになる。

 知的財産の力は『独占排他権』を持っていることであり、これこそが企業の競争力を高める最大の武器になる。しかし、特許を取れば自動的に『独占排他権』が発揮されて企業の競争力に役立つ訳ではないこともご承知のとおりである。特許を取った後に第三者による権利侵害を発見し、権利行使の行動を起こして立証することが必要であり、それを競合企業に認めさせるか訴訟で勝訴しないと効力は生じない。
 但し、『独占排他権』にこだわらない場合、つまり第三者からの特許ライセンス申込がある場合やお互いに争う必要がない場合は実施許諾契約による対価(お金以外も含む)の取得ができるという価値が生じることは言うまでもない。お互いの保有特許件数も加味した契約の場合は特許件数だけでも利用価値があるのも事実である。

 しかし、現実的には有効特許の発掘や第三者による侵害調査までやれないまま放置していることが多い。特許の価値を見つけることは取得することに比べてより多くの労力と正確さが求められるためやむを得ないのかもしれない。苦労しても希望通りにいかない場合も多々あり評価されないが、実にもったいないと思う。しかも個人的には、競合他社に権利行使できる特許を発掘し、侵害立証するための業務は結構面白いと思っており、知財担当者なら是非一度は経験してほしいと思っている。特許取得は特許庁の審査官とのゲームであり、権利活用は特定の競合相手をターゲットにしたハンティングのようでもある。

 第三者による特許侵害の証拠を揃えてこそ特許の価値が生まれる。そしてこの権利活用のための業務は訴訟の準備に繋がる。訴訟も視野に入れて特許の活用を考えることができれば、第三者と交渉する際にも主導権を持って交渉ができる。仮に訴訟と並行して和解交渉を進めたとしても有利な和解に持ち込めるかもしれない。これにより、第三者に対抗できる選択肢が格段に広がる。つまり、出願、権利化、侵害調査はセットで考えるべきであり、活用できる特許こそ次の出願・権利化の手本となるはずである。『出願→権利化⇒侵害調査⇒新出願』のサイクルを実行すれば、何を出願すべきか、どのような権利を取る必要があるか、分割出願や外国出願などの権利強化策もどれだけやる必要があるかがわかってくる。さらにその結果として有用な特許と無駄な特許の区別ができるため数から質への転換も実現できる。

3. 有効特許の発掘と訴訟の準備

 では、その権利行使可能な有効特許を見出すのはどうやればよいのだろうか?
どこにでもありそうな問題ではあるが、

a. 積極的に権利活用を図るためとはいえ競合他社による特許侵害発見に必要な費用を予算計上するのは極めて困難。
b. 特許取得ができる人材はいるが、訴訟を経験した人材がいない。
c. 訴訟は費用と時間がかかるのでやりたくない。

等、お金と人の問題は悩ましい。
 さらに、上述したように侵害調査は簡単ではないどころか複雑で面倒ですらある。特許庁の審査を経て登録になったものでも権利の有効性の再調査が必要であり、第三者による権利侵害の立証が必要で知財担当者が頑張っても難しいこともある。実際私も同じように壁にぶつかったことがあるが、社内の研究開発部門に協力をお願いして最小限の費用で侵害立証の証拠を準備したことがある。また、元研究開発者に知財業務に加わってもらい、自社特許の棚卸による有効特許の発掘と侵害調査・立証をお願いした結果上手くいったことがある。並みの知財担当者ではできなかった成果を上げることができた。

 通常は経験豊富な知財担当者が“目利き”となって保有特許の中から有効特許の発掘を行うことが多いが、元研究開発者で他社の製品や技術に詳しくかつ知的財産部門に異動して特許の活用を主とする研鑽を積んだ人であれば“目利き”として活躍してもらえる。知財担当者より他社技術に関する知識が正確なため有効特許の発掘が効率よくできる。ただ、元研究開発者というだけで“目利き”になれるものではない。よく元研究開発者が次の職場として知的財産部門に異動して出願業務を担当する例があるが全く異なる人材である。さらに、この“目利き”が出願担当者や権利活用担当者と常に意見交換することで、出願の絞り込みや有効特許取得のための対策を効果的に実現できる。“目利き”人材を育てることは非常に有効と思う。もし“目利き“がいないなら、知財担当者が保有特許の棚卸をして有効特許を発掘するしかないだろう。しかし、知財担当者は権利範囲の広い特許に目星をつけてからその範囲に含まれる他社技術の確認を行わざるを得ないことが多いので膨大な労力と時間が必要になる。

 或いは、研究開発者に競合他社製品の解析情報(リバースエンジニアリング)をフィードバックすることにより将来の他社製品に使われる可能性のある技術を先回りして考えてもらう(アイデアでOK)ことはどうだろうか。自社製品を保護する特許出願と並行して他社対策特許を仕込むことも将来の有効特許発掘に繋がるはずである。

 有効特許の発掘後の特許自体の有効性(Validity)の再調査や他社製品の侵害立証調査は訴訟準備と同様であり、外部調査会社や訴訟に詳しい弁護士を利用することは当然である。上述の私の経験でも調査会社を利用し、かつ外部弁護士の協力を得た。他社製品のリバースエンジニアリングにおいては、依頼する解析内容を必要十分な範囲に特定することが費用をコントロールする点では肝要である。また訴訟に長けた弁護士の時間給は非常に高いため、訴訟準備段階では作業的業務はリーズナブルな時間給の弁護士に依頼するなどして併用を考えるのも良いかもしれない。
 なお、知的財産専門の顧問弁護士と契約をしている企業も多いが、外国企業を相手とする係争や外国での訴訟についての経験が豊富な日本弁護士は意外と少ない印象がある。外国で提訴された場合には時間的余裕がない中で対応しなければならないので、普段から直接相談できる外国弁護士とのパイプがあると心強い。

4. 知的財産を強くするには訴訟に慣れた方がいい

 他社による特許侵害立証ができたとしても、訴訟に踏み切る日本企業は少ない。失礼かもしれないが、経営者にとっては知財担当者が言うことをどこまで信じてよいのかわからないというのもあるのではないだろうか。訴訟はお金と時間がかかることはわかっているだけに、判決まで争っても期待通りの判決が出るかどうかわからないリスクがある。このためコントロール可能で少しでも予測可能な和解(交渉)の方が無難である。
 しかし、訴訟に踏み切ったとしても訴訟のリスクをコントロールできない訳ではない。同時に和解交渉を行うことは普通であり、外国の訴訟においても最終的には判決を待たずに和解する例の方が圧倒的に多い。これは少々費用がかかるが、訴訟は和解交渉の強力な手段としての効用があるということに他ならない。訴訟は特別のものではなく、通常業務の延長線上の一部であり、むしろ早く慣れる必要すらあるのではないだろうか。ここで慣れるというのは訴訟を起こすというよりその準備をしておくことの方が現実的である。

 一方で、『出願→権利化→有効特許発掘→侵害調査』を普段から実践することは、どの特許が訴訟に堪え得るかを常に判断することになる。しかも他社に対する競合優位性の判断材料でありかつ特許の質の評価基準としてそのまま出願基準にフィードバックすることもできる。そしてこのことは不要な出願の抑制にも効果的である。
 発明者の啓蒙のために出願件数を増やしたいとか、スタートアップ企業のように特許固めをする必要がある状況でなければ、可能な範囲で出願件数を抑えることは可能ではないだろうか。減らした件数分の工数と費用を特許発掘と侵害調査に充ててみてはどうだろうか。すぐに結果は見えないかもしれないが確実に特許の質は上がるはずである。
 これらの業務を実行することにより活用できる特許を計画的に創ること、そして必要とあれば訴訟をためらわないことが企業を強くする。少なくとも、競合相手に対する競合優位性は格段に上がる。さらに、訴訟実績(最終的和解も含む)を積むことが出来れば猶更である。というのも、他社から特許係争を提起された時には、その相手の保有特許件数の多寡よりも過去の訴訟実績や交渉実績の方が気になるからである。

2021年9月19日
著 者:坂本 安広(さかもと やすひろ)
出身企業:ソニー株式会社
略歴:ソニー株式会社で知的財産業務と研究開発企画業務に従事し、その後ローム株式会社と株式会社JOLEDで知的財産業務に従事。
専門分野:知的財産(権利化、調査、係争、交渉、契約、権利活用、教育、M&A)、研究開発渉外、出資関連のデューデリジェンスや交渉・契約
技術分野:半導体、表示装置、電子デバイス、燃料電池等


*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません

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