風神 裕
1.衛星通信と光通信
1973年4月に三菱電機に入社、2009年3月に退職するまでの36年間、開発・プロジェクトマネージメント・営業・標準化活動と、職種は異なりましたが、一貫して宇宙開発に携わってきました。
最初に担当したのが実験用中容量通信衛星CS(“さくら”77年打上げ)。その後、CS 2(83年打上げ)、N-Star(95年打上げ)、Intelsat-7(93年打上げ)、Telecom-2(91年打上げ)、INSAT-3(03年打上げ)等、静止軌道の通信衛星が主体でした。CSはまだ米国からの技術導入衛星で、米国で製造・試験を行いました。CS 2から国産化が始まりましたが、通信衛星は静止軌道の衛星が主体で、アポジキックモーター、姿勢・軌道制御用の燃料タンクなどを海外から調達していました。また、1基を数年掛けての製造でした。調達される衛星の数は1基から2基程度で、Intelsatのみが纏めて10基程度でした。
国際通信を容易に可能とし、短期間に国内通信網を整備できる通信衛星は魅力的で、数多くの通信衛星が新興国を含む各国で打上げられ、1988年のWARC(世界主管庁無線会議)はWARC-ORBと称され静止衛星に多くの周波数が割当てられました。90年代 のAIAAなどの学会では、“今後の長距離通信は、光通信と衛星通信のどちらが適するか”というテーマのシンポジウムが盛んでした。光通信はLast 1mileの課題が、衛星通信には遅延時間の課題を抱えていました。
しかしながら、静止軌道を利用した衛星通信の発展はその後それ程芳しくなく、AT&T、NTT、仏Telecomなどの大手のテレコム会社は、一度は通信衛星を保有したものの、それを継続することが無く、光通信に重点を移して行きました。伝送容量の大きい光ファイバーはテレコム会社にとって魅力的で、また、テレコム会社にとってウォール街を通じた資金調達があまりにも容易でした。でも、このことが過剰な長距離通信用光ファイバー、コンピュータへの過大投資等、あらゆる面で著しい供給過剰が発生、そして夥しい数のテレコム会社が誕生し、結果、2001年に始まるITバブルを引き起こしました。
2. 初期の衛星コンステレーション
電波は、高度36,000kmの静止軌道上の通信衛星を一往復するのに0.25 秒掛かりますが、500km~1,000kmの低軌道だと一桁小さくできます。これに着目し、90年代になると多数の衛星を低軌道に配置する衛星コンステレーションのプロジェクトが数多く立ち上りました。
海外の衛星メーカーに衛星搭載機器を納入していた関係からこの種のプロジェクト、特に、初期設計段階に手弁当での参画を求められました。ロラール社のGlobalstar、アルカテル社のSkybridge、TRW社のOdyssey、ヒューズ社のTeledesic、ICOなどのプロジェクトで、GlobalstarとICOは衛星製造にまで進み、固体電力増幅器(SSPA:Solid State Power Amplifier)の納入に繋がりました。また、Globalstarは実際に衛星が打上げられ、射場にも招待されましたが生憎の天候不良で打上げを見ることができず、残念な思い出です。一方、Skybridge、Telecesic、ICO(Intermediate Circular Orbit)は衛星打上げに至らずプロジェクトの初期段階で立ち消えました。1999年にサービスを開始したGlobalstarも2000年に連邦倒産法第11章の適用を受け、その後、Iridiumに吸収合併、このIridiumも通信衛星のインフラ投資負担の重荷で倒産、その後、イリジウム・サテライト社が全ての資産を買い取り、2004年に、主にアメリカ合衆国連邦政府・国防総省などに通信サービスを行う事業モデルに変更し再出発しました。どちらかと言うとニッチな市場に特化することで活路を見出しました。多額の資金を要する衛星コンステレーションプロジェクトにお金が集まらなかったこと、周波数利用効率の悪い衛星通信は回線当たりのコストが高くなること、これらがプロジェクト立ち消えの原因でした。
一方、光通信は、Last 1mileの課題を携帯電話の基地局を使用することで解決し、3G、4G、5Gへと着実な進歩を遂げました。衛星通信は、イベント開催時等のトラフィックが急増した場合の臨時回線(TV中継の映像信号の配信)にその役目を見出していました。
3. 衛星コンステレーションの再登場
2013年に、スターリンク(Starlink)という米国の衛星コンステレーション計画が目に留まりました。
これは、2002年にイーロン・マスク氏が設立したスペースX社が、低コスト・高性能な多数の低軌道通信衛星にて、衛星インターネットアクセスサービスを提供する計画であり、2015年に開発を開始しています。総数約12,000基と今までの常識では想像もつかない数の通信衛星を、2020年代中頃までに3段階に渡って展開します。最初、高度550kmの低軌道に約1,600基の衛星群を構成し、次いで高度1,150kmに約2,800基を、さらに高度340kmに約7,500基を展開します。10年以上に及ぶ計画の総コストは、設計・製造・打上げなどで100億ドル近くに達するとのことです。
2018年2月に2基のプロトタイプの試験衛星が打上げられ、その後着々と60基同時の打上げが進み、2021年1月20日、17回目の打上げにて、合計1,000基以上のスターリンク衛星が打上げられています。総計1,051基の衛星が打上げられ、現在951基が軌道上に存在すると推計されています。これらの衛星の製造拠点はワシントン州レドモンドにあり、研究・開発・製造、及び、軌道上の衛星運用が行われています。
Globalstarは1998年2月の最初の打上げから2000年2月の打上げまでで合計52基であったのに対し、スターリンクは1回の打上げでこの数を超えています。20年間の技術革新は目を見張るものです。
4. スターリンク衛星の構成
5年間で1,000基の通信衛星を軌道上に配置、私の常識では信じられない出来事です。どのような衛星なのかが気になり、公開されている情報から衛星の構成を推測しました。
地球を90分で周回するスターリンク衛星は、
・フラットパネルデザイン(低軌道なのでアポジキックモーターが不要)
・重量約260kg
・通信用の4つのフェーズドアレイアンテナと管制制御用のパラボラアンテナ
・展開型12枚パネル構成の太陽電池アレイ(フィルムタイムのパネルを採用)
・クリプトンを採用した姿勢・軌道制御用イオンホイールスラスタ(燃料タンクが不要)
・衛星の位置を観測するスタートラッカー
・スペースデブリや他の衛星等への自立衝突回避機能
・大気内での飛行を可能とする姿勢制御機能
・天文観測業務を保護する展開型サンバイザー
から構成され、衛星の形状を、60基の衛星が30基並列にファルコン9ロケットのフェアリングに搭載されることから、逆算し、約4.6m × 約2.3m × 約0.22mと推定。体積は約2.33m3となり、立方体換算で考えると1.3m角より大きい程度、JAXAの革新的衛星技術実証1号(約1.1m角)より少し大きいサイズです。フラットパネルデザインにより、機器を搭載できる面積を広くしながらも、60基同時打上げを可能としています。
通信系の構成は明確ではないが、スペースX社が総務省に提出した周波数調整資料に拠ると、使用する周波数帯は
衛星⇔ユーザー間 上り回線14.0-14.5GHz 下り回線10.7-12.7GHz
衛星⇔ゲートウェイ間 上り回線27.5-30.0GHz 下り回線17.8-19.3GHz
であり、4つのフェーズドアレイアンテナの2つは衛星⇔ユーザー間の送信/受信用、残り2つは衛星⇔ゲートウェイ送信/受信用と推定され、ユーザー局から送信された14.0-14.5GHz帯の信号はフェーズドアレイアンテナにて受信、17.8-19.3GHz帯の信号に周波数変換され別のフェーズドアレイアンテナからゲートウェイ局に送信、同様に、ゲートウェイ局からの27.5-30.0GHz帯の信号は、10.7-12.7GHz帯の信号に変換されユーザー局に送信されるシンプルな構成です。また、フェーズドアレイアンテナは、7ビーム生成可能で、1つのビーム径は天頂1,110kmにて48kmとかなり細いビームとなっています。なお、光通信を用いた衛星間通信の存在は読み取ることはできませんでした。
通信系のキーとなるフェーズドアレイアンテナの構成は米国特許公開US 2018/0241122 A1に記載されており小型・軽量・製造・試験を重視した構造となっています。プリント基板上面にアンテナ・パッチを配置、背面にICを実装したフラット・パネル構造の採用し、奥行きを大幅に縮小しています。また、SiGe BiCMOS、SOI(Silicon on Insulator)、バルクCMOSなどの先進的な微細プロセスを採用し、アレイの操作・制御のデジタル回路と、位相・振幅を調整するRF回路を、1つのICとして実現していると推定されます。ICOでは、多数の個別SSPAを用いた構成のフェーズドアレイアンテナでしたが、先進的な半導体半導体技術、例えば、モノリシック型のGaN ICを採用することに拠り、大幅な小型化を実現しているものと推定できます。
月産20基から30基のペースで製造されていることから、
・フェーズドアレイアンテナの試験調整に要する時間
・振動環境試験や熱真空試験などの環境試験の実施有無
など、色々と知りたい面が出てきますが、これらは衛星の設計寿命を考慮し最適化されていると思われます。また、5年の寿命が尽きた後は、軌道離脱し大気中で燃え尽きる材料・部品を選定しています。スターリンク衛星群は、夜明け前と日没後に、天体観測に悪影響を与えますが、太陽電池アレイの向きを変えること、地球指向面を黒色塗装すること、サンバイザー使うことにて対処しています。
5. 所感
実現するのは無理だと思っていた衛星コンステレーションは既に存在していました。これは、90年代と比べ技術の進歩もさることながら、イーロン・マスク氏のとった大胆なアプローチがOneWaveなど他の同様なシステムスに比べ一歩先んじた要因と思われ、今までとは全く異なる宇宙開発の在り方を知らされました。
2021年2月26日
著 者:風神 裕(かぜかみ ゆたか)
出身企業:三菱電機株式会社
略歴:宇宙開発、特に通信衛星の開発に従事後、衛星搭載機器事業を立ち上げ、欧米衛星システムメーカーから長期供給契約を獲得、ITU WRC-07 APT 議題1.17議長、AIAA TCCS委員、APSC事務局長、日本衛星ビジネス協会副会長などを歴任、静岡大学工学部非常勤講師。
トップの写真は、ニューズウィーク日本語版2020年6月24日「スペースXの衛星ネットワーク「スターリンク」は、世界の情報格差を解消できるか?」(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/x-7.php)より転載
【参考資料】
【1】トレンドレポート 木鋪久靖「周回衛星を利用する衛星携帯電話事業の衰退」(2000年4月)
【2】Wikipedia “Starlink”
【3】MSDSSph「SpaceX社の放つ衛星コンステレーションの人工衛星構造について考える」(2020年6月)
【4】SpaceX“NGSO System Licensing in Japan” (2019年12月)
【5】Alp Sayin“Passive radar using Starlink transmissions: A theoretical study” (2019年4月)
【6】Mark Handley “Using ground relays for low-latency wide-area routing in megaconstellations”(2019年11月)
【7】US 2018/0241122 A1 DISTRIBUTED PHASE SHIFTER ARRAYSYSTEM AND METHOD (2018年8月)
【8】Eric Ralph “SpaceX seeks patent for custom-built Starlink internet satellite antenna design” (2018年9月)
【9】Keith Benson「アンテナの設計を簡素化するフェーズド・アレイ向けのビームフォーミングIC」(2019年1月)
【10】Starlink“STARLINK:NAS Decadal Panel” (2020年4月)
*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません