大橋 信一
最近「EV」という文字を新聞でよく見かけるようになった。EVとは言わずと知れた電気自動車(Electric Vehicle)である。特に中国では国家をあげて注力していくことが報じられている。中国の大気汚染対策が目的である。国際エネルギー機関(IEA)の世界のEVとプラグインハイブリッド車(PHV)の台数の集計では2016年の累計台数は前年比6割増えて過去最高を更新。電気自動車(EV)などの世界累計販売台数が2016年に約200万台に達したと発表した。世界の中でも中国は65万台と倍増し、米国の56万台を追い抜いて前年の25%から32%に上昇して世界シェアトップに躍り出た。自動車全体の中でのEVのシェアは0.2%にすぎないが、2020年には累計2000万台に増えるとの予想もあり急速に市場が拡大している。
EVに搭載される電池はリチウムイオン電池であり、素材としてはリチウムやコバルトなどのレアアースを原料として使用されているため、中国は資源確保のために鉱山への資本参加にまで触手を伸ばしているとも伝えられる。またインドも中国同様に大気汚染対策として2030年までに国内で販売する自動車を全て電気自動車にする政策を発表した。
1.リチウムイオン電池の歴史
リチウムイオン電池は1992年に日本で実用化されて今ではスマートフォン、PCを始めとする携帯機器、電動アシスト自転車、電動工具、掃除機といった我々の日常生活に広く普及されている。高いエネルギー密度を特徴としてこれまでニッカド電池、ニッケル水素電池が使用されていた分野を次々に代替し、これからもより広い分野、新しい分野での展開が期待されている。
その間に日本の電池メーカーや技術者には様々な紆余曲折(人材流出、合併、買収)があり、今日では大きな市場であった携帯機器用の電池は韓国、中国の電池メーカーに主役の座を奪われてしまった。
電池の分野は化学反応が関与し擦り合わせの技術が必要なことから、他国のキャッチアップは難しいと言われていたが半導体やディスプレイと同じ歴史を辿るのか、国内に有力な自動車メーカーが存在する分野で生き残るのかといった瀬戸際に立っている。
自動車の分野では1997年に世界に先がけて市場に出た電池と内燃機関とのハイブリッド車のプリウスに搭載された電池はニッケル水素電池であった。電池と内燃機関とのハイブリッド車は電動走行とエンジン駆動とを組み合わせて高燃費を実現し、ガソリンという化石燃料は消費するが充電インフラが不要であるというメリットがある。関係会社出向時にニッケル水素電池に使用される材料開発に携わった筆者は、中国、インドの「EV車」への傾斜には本当にそれが解なのかと疑問に思う。
2.EVの電力はどこから
EVは化石燃料を消費することはないが、充電する電力がなければ走行できない。
世界の電力は、社会を支える大きな発電として水力発電、石炭、LNGを原料とする火力発電、原子力発電、風力、太陽光を利用した再生可能エネルギーに大別される。
石炭火力がインドで76%、中国で60%を占めており、安易な電気自動車(EV)シフトへの警鐘はこれまでにも鳴らされている。石炭火力発電から生まれた電気を使うのでは汚染は悪化せざるを得ない。自動車のエンジンで直接生み出されるエネルギーに比べて、発電・送電さらに蓄電とステップを踏むたびにロスが生じ、さらに発電源が石炭では自動車による汚染よりも大気を汚してしまう。
2016年9月、フィナンシャル・タイムズの《欧州、電気自動車増で大気汚染の恐れ》は「欧州環境庁EEAの研究は、EVの充電に石炭火力発電だけが使われた場合、EVのライフサイクルを通したCO2排出量がガソリン車やディーゼル車より多くなることを示す、以前の研究を基礎として発展させたものだ。大気汚染の専門家らは、EEAの最新の調査結果は、EVが増える中で、各国が環境に優しい発電方法を検討する必要性を浮き彫りにしたと話している」と述べている。また「EEAの研究によれば、EVのシェアが2050年までに80%に達すれば、充電のために150ギガワット(GW)の追加電力が必要になるという」としており、大型原子力発電所50基を新設する電源に相当すると試算されている。再生可能エネルギーでは大国の安定な電力源として活用するにはインフラを含め課題山積である。
3.産業の発展と環境保護
WHOの2016年の調査では「PM2.5濃度が高い20都市ランキングにインドは首都デリーをはじめとした北部から10都市がランクインしている。中国では首都北京を囲む華北地域の4都市が並ぶ。(北京の年平均は「85μg/m3」くらい)。日本のPM2.5環境基準では「年平均で15μg/m3以下であり、かつ1日平均値35μg/m3以下」としている。
日本には経済の発展優先のために公害や汚染を経験し、それを克服してきた歴史があり、それぞれの国の発展段階や経済状況に応じて複数の技術を提供できる引き出しは持っていると考える。EVにハンドルをきる大国に対してこれまで開発してきた環境技術で貢献するのか、原子力発電で貢献するのか、また大国の施策が今後どのような選択を行うのか注目したい。
2018年5月25日
出身企業:旭硝子株式会社
略歴:電極材料、電気二重層キャパシタの研究開発、
ニッケル水素電池、リチウムイオン電池素材の研究開発・マーケティングに従事。
専門分野:電気化学、無機材料の開発
*コラムの内容は専門家個人の意見であり、IBLCとしての見解ではありません