自然界の接着機構を模倣した天然物由来の原料による強力接着剤の開発
自然界に於いてムール貝やウルシが示す強力な接着効果を示すメカニズムに学び、かつ、天然物を出発原料とする安全性の高い接着性化合物の創製を試みた結果、エポキシ接着剤に匹敵する接着強度の高分子化合物を創製することが出来ました。我々はこの新規強力接着剤を、歯科用接着剤その他幅広い応用分野に開発していくことを企図しています。
研究機関・所属 | 九州工業大学 若手研究者フロンティア研究アカデミー |
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氏名・職名 | 金子 大作 准教授 |
研究テーマ名 | 革新的ナノ接合を活用した水中接着性ポリフェノール重合体の創製 |
応用想定分野 | 歯科用接着剤、建築用接着剤、自動車車体用接着剤、その他産業用接着剤 |
技術紹介
自然界に於いてムール貝やウルシが強力かつ水中でさえ安定な接着効果を示すのは、末端にカテコール残基(ベンゼン環に隣接したOH基を有する構造)を持つ物質の分泌による効果である事が知られています。我々はこの自然界の接着機構に学び、かつ、出発物質をポリフェノール類などの天然物に限定する事で環境調和型の極めて安全性が高いと考えられる接着性高分子樹脂の創製を試みました。その結果エポキシ接着剤の強度15MPa以上(15MPaとは約1cm²の接着面で150Kgに耐える値)に匹敵する接着性高分子樹脂を開発することに成功しました。
この新規接着性高分子樹脂は無機/有機表面を問わず、あらゆる被着材の広い材質の対象物に対して強力な接着強度を有するので、幅広い応用分野で利用されることが期待できます。
図1.自然界に存在するカテコール残基保有物質による接着効果と開発物質
技術の特徴
(1)あらゆる材質にエポキシ接着剤相当の強い接着効果の発揮
接着力評価では、有機表面の代表として炭素板、無機表面の代表として鉄、また、従来の接着剤の接着機構であるアンカー効果の期待できない高平滑度の光学ガラスを用いました。
それらを約180°Cで溶融接着させ室温に戻した後、引っ張り試験機を用いてずり剥離試験を行った結果を図2に示します。
光学ガラス、炭素、鉄全ての材料表面において工業用最強の接着剤と言われているエポキシ樹脂の接着強度に匹敵する接着強度が確認されました。
(10MPaとは1cm²の接着面で約100Kgの力がかかる事を意味します)
図2.有機無機を問わない強力接着力データ
(2)アンカー効果ではない新しい接着機構による強力な接着効果
この新規接着剤の接着機構として、我々は従来の接着剤の接着機構であるアンカー効果とは異なる新しい接着概念(部分酸化した被着材とカテコール基が形成する強結合型の水素結合)を量子化学シミュレーションを踏まえ提唱しております。詳細に関しては本文末の文献を参照願います。
(3)天然物由来の原料による環境配慮と安全性期待
原料は天然植物から抽出可能なポリフェノール類を用いています。この観点から、仮に接着剤樹脂が分解しても安全性の高い物質に戻るだけなので、環境や人体への安全性の高さが期待できます。
更に、ポリフェノール類は抗菌性も期待できるため、歯科用接着剤としての応用にも有効な特徴と考えていす。
図3.原料は全て天然物から
図4には、実際に牛歯を使用した接着テストの様子を示しています。接着部の破壊より先に牛歯が壊れてしまいました。
図4.牛歯を使った接着テスト(牛歯が先に破壊してしまう)
(4)幅広い目的に応じた分子設計が可能
この接着剤は、世界初のボトムアップ型の重合体であるため、モノマーの選択や共重合体を適切に選択することにより、親水性・疎水性の制御や、適切な分子構造の導入による耐熱性・溶融温度の制御、及び主鎖構造の選択による剛直性の制御などを自由にコントロールし、使用目的に応じた分子設計が出来できるため、幅広い分野への応用が可能となります。
従来技術との比較
特許出願状況
特願 2011-015455、「天然物由来のポリマー組成物及びこれを用いた接着剤」 出願日2011年1月27日
出願番号 PCT/JP2012/51108、「ポリエステル組成物及びこれを用いた接着剤」 出願日2012年1月19日
研究者からのメッセージ
自然に学んだ接着機構を模倣し、且つ原料は全て天然物を用いた環境・人体へ優しい正に画期的な接着剤です。材質も問わずに接着しますので、応用分野も広いと言えるでしょう。天然の接着剤の研究は始まったばかりなので、これからのますますの発展を期待しています。
参考:
- 1)
- Maja Wiegemann、Adhesion in blue mussels (Mytilus edulis) and barnacles (genus Balanus): Mechanisms and technical applications、Aquat. Sci. 67 (2005) 166-176
- 2)
- Haeshin Lee, Norbert F. Scherer, Phillip B. Messersmith、Single-molecule mechanics of mussel adhesion、PNAS、August 29, 2006、vol. 103、12999-13003
- 3)
- 接着・解体技術総覧、NGT, (2011)
発表論文: